そろそろ帰途に着こうかと学内を歩いていると、ひどいピアノの音が耳に入った。
偉大な作曲者の創作の意図と譜面を全く無視したような、神経を逆撫でするメロディー・・・
いや、これはメロディではない。騒音だ。
逃げるようにその場を後にしたが、聞きたくないと思えば思うほどそれは耳につく。
次第に苛々が募ってくる。
自分でも気づかぬうちに、足が勝手に音の鳴る方へと向かって進んでいた。
壮大な自然を讃えた曲は、全く落ち着く様子もないまま今も演奏が続けられている。
徐々に歩みは早くなり、ついには我慢できずに走り出してしまった。
息を切らしながら、やっとの思いで音の主の元へと到着する。
俺はその部屋のドアを乱暴に開けた。
教室中にドアの開く音が響き、ピアノの音が止む。
「・・・窓を開けてそんなひどい演奏するの・・・やめてくれないかな。
・・・聞くに堪えないんだけど・・・。」
息を整えながら俺がそう言うと、気持ち良さそうに演奏していた男子学生が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔でこちらを向いた。
俺は何の断りもせず教室に入り、彼の隣に立ち止まった。
「ここ。クレッシェンドがついてるだろ?あとここも。ここも。
それにこの辺だけテンポ早かったよね。ここはテンポ遅かったし。
めちゃくちゃだよ。ちゃんと楽譜見て弾きなよ。」
楽譜を指差しながら矢継ぎ早に指摘した。
「あっ、ちゃぁ〜・・・また間違ってましたかぁ。教授にもよく叱られるんすよねぇ〜。」
男はウェーブのかかった長めの髪を掻き上げながらヘラヘラと笑っている。