「あのぉ〜・・・ここに異動って言われてきたんですけどぉ〜・・・どこ座ればいいですか?」
「そこでいいんじゃね?」
男が指差した先は「庶務五課長」と書かれたプレートが置かれたデスク。
課長席だけあって、この机だけが他の4人の机と向かい合う形で置かれており・・・なぜか机上に花瓶の花が供えられている・・・
「そそそそそんな!」
「机はそこしか空いてませんよ。」
「この課、課長なんかいないしねぇ〜。」
「強いて言えばこの猫が課長みたいなもんだからにゃあ。」
「猫課長。」
「わはははは!」
「猫課長・・・?タコ社長とかニャンコ先生みたいなもんですか?」
「さすが天然・・・この人、真顔で聞いてるし・・・」
「あ。黒沢さん。その花、受付の女の子にもらったやつ飾っただけだから、心配しないでくださいね。」
「さすが北山、相変わらずのモテっぷりだな。綺麗ドコロ、適当にひとり分けてくれよ。」
俺は、課長のプレートと花瓶の花をキャビネットの上に運び、床に散らかったままの私物を拾って引き出しに収納した。
座ってみたものの・・・さっきからこの人たち、全然仕事しないし・・・
「ぷすっ。ぷすっ。」
脇腹に感じた微かな衝撃にビクついてしまう。
「くすぐったぁっ!な、何?!」
見ると、人懐っこい笑顔の男が俺の脇腹を人差し指でツンツンしている。
「あのっ!脇腹弱いんでやめてもらえますかね!?」
「どぉも〜。安岡って言いま〜す☆」
満面の笑みで俺の手を掴んで握手してくる。
「あっ、どうも・・・よろしく・・・」
「たぶん誰も自己紹介しに来ないと思うから、俺からみんなを紹介するね〜。」
この安岡さんという男、なかなか親切でいい人だ。
安岡さんが向かって右側の男を手のひらで指し示す。
でっかいヘッドホンを被って、机に突っ伏して寝ている男・・・。
「村上さん。ただ今ソウルミュージック鑑賞中。
相手が目下・目上にかかわらず、上司や得意先に対しても思ったことをすぐ口にしてしまうんだよね〜。」
今度は向かって右側の男を指し示す。
パソコンから伸びたコントローラを持ち、ゲームに熱中している男・・・。
「あれは酒井さん。『占いの結果が悪いからやめなさい!』って会社の方針にまでケチつけるの。
それがまた見事に当たっちゃうんだよね〜。ちなみに多趣味、器用貧乏。」
「貧乏言うな!」
酒井さんは顔を上げて的確なツッコミを入れ、またモニターに顔を戻した。
次に、向かって右、村上さんの後ろの席を指す。
一輪の薔薇の花を見つめながら、携帯で愛の言葉を紡ぐ男・・・。
「あれが北山さん。社内中の女性社員から圧倒的な人気があって、男性社員から妬まれてる。
女性役員や社長の奥さんにまで気に入られてるんだよ。」
「へぇ〜・・・」
結局のところ、マトモなのは俺と安岡さんだけかぁ〜。
「んじゃ、よろしくね〜☆」
安岡さんは自分の席に戻って行った。