着替えが終わり、カバンを持った黒沢の胸ポケットが鳴り響く。
「ん?誰からかなぁ。ちょっと出てくるね。」
カバンをその場に置き、黒沢は携帯だけを持って控え室を出た。
人気のないところまで走り、電話に出る。
「・・・何だ?」
『二村です・・・四宮の娘がさらわれました・・・』
「何だと?!無事なのか?!」
『えぇ、電話で声を聞いたそうですから、まだ無事かと。“娘を返してほしかったら組長ひとりで迎えに来い”と言ってたと・・・」
「今から行く。場所はどこだ?」
『そんな!組長、危険です、ひとりで行くなんて!それに、先程四宮が指定された場所に向かったから大丈夫かと・・・』
「馬鹿野郎!何で誰も止めねぇんだよ!そんなことをしたら、四宮も娘も蜂の巣になっちまうじゃねぇか!!」
『・・・すいません・・・』
「お前らは、家族をどっかに匿ってから組事務所を守れ。至急四宮にも連絡をとって戻ってくるように言え。
俺ひとりで行く。今日でこの抗争を終わらせる。場所を教えろ。」
『ですが・・・』
「一刻を争ってる時に俺に何回も同じこと言わせんじゃねぇ!」
自分が束ねている組の危機に、黒沢はついに抑え続けていたもうひとつの本性を曝け出した。
二村は電話の向こうの黒沢が豹変したことに恐怖を覚え、四宮の娘がいるであろう指定場所を伝えた。
「ありがとう。後は頼んだ。」
さっきとは打って変わって、努めて冷静な口調で二村に礼を述べ、電話を切った。
控え室に戻った黒沢は、残ったメンバーに「用事ができたから先に帰るよ〜。」と挨拶し、カバンを掴んで目的地へと急いだ。
いつものとおりタクシーの中でサングラスを装着し、髪を後ろに流して、ミュージシャン黒沢薫から組長黒沢薫へと変身する。
バブルが弾けた影響で、建設工事が途中でストップしたままのビル。そこが指定された場所だ。
タクシーを降りた黒沢は、周りを囲ったフェンスの破れた部分をくぐり、暗い廃屋の中へ足を踏み入れていった。
寒々としたコンクリートの空間に黒沢の足音がコツ、コツと響き渡る。
フロアの奥の方で光が揺らめいた。
明かりの前を誰かが横切ったのだろうか。
靴音が近づいてきて、直にその正体が明らかになった。
「やっとお出ましか?組長さんよ。」
現れたのは、敵対する組織の幹部のひとり。
その男は常日頃からその脅威をそこかしこでひけらかしており、あまり評判はよろしくない。