「最初に身なりから見ていきましょうか。・・・まずあなた。」
北山はシェフの前に歩み寄った。
「えっ!俺ぇ?!」
「あなた、お名前は?」
「黒沢でっす。肩書きは『シェフ・ド・キュイジーヌ(料理長)』だけど、シェフは俺ひとりしかいないんだ。
前菜からデザートまで俺が作ってる。『おはようからおやすみまで暮らしを見つめるLION』って感じかな。」
「朝から晩まで安岡に見つめられたら嫌だな。」
「愛する人なら1日中見つめていたいけど。」
シェフの横で、ギャルソンとソムリエがこそこそ話している。
北山は黒沢の全身を嘗めるように見回した。
黒沢は微動だにできずに固まっている。
「まぁピアスが気になるところですが、清潔感があっていいでしょう。」
「やったぁ〜♪」
緊張が解けた黒沢は両手でVサインを作って大喜びしている。
「次は・・・あなた。お名前は?」
北山はギャルソンの前に移動した。
「まいねぇむ・いず・てつや・むらか〜み。あい・あむ・あ・ぎゃるそん。」
「それ、フランス語で言えます?」
「の〜、あい・きゃんと。」
「・・・イライラするんでそろそろやめてもらえますか?」
「ちっ。ノリ悪ぃなぁ。」
北山はまた村上をじっくり見回した。
当の村上は『だっちゅ〜のポーズ』をとっている。
「そんなことしても胸の谷間はできん!」
酒井が北山の横からつっこんだ。
「胸元のボタンが開きすぎです。ネクタイもない。」
北山が冷静に分析する。
「セックスアピールってやつだよ。」
村上が両手で両襟の少し下を握って胸元をチラリと見せ、少し斜め後ろに首を傾けて男性モデルのようにポーズをとる。
「サングラス外してください。この店の雰囲気でサングラスはおかしいでしょう?」
「いや・・・これはあの〜・・・」
「あと髪型。食べ物を扱う仕事としては不適切かと。サングラスを外して『待ちきれない』の時代の髪型に戻してください。」
「きゃぁっ!てちゅ恥ずかしいっ!」
村上は顔を両手で覆いながらフロアの片隅に逃げ、しゃがみ込んだ。
「はっはっはっ!バッカでぇ〜ぃ!」
酒井がフロアの隅で小さくなっている村上を指差し大爆笑した。
「そう言うあなたも『あたらしい世界』の頃の髪型に戻してくださいね。」
「いや〜ん!」
酒井も顔を覆ってその場に蹲った。
「じゃ、次。」
北山は安岡の前に立った。
「安岡優、ソムリエで〜す。好きな酒はカルアミルクです。」
「いやいやいや。未成年の飲酒じゃないんですから。好きなワイン答えてくたさい。」
「カルアミルクの次にシャトー・オーゾンヌが好きだよ。」
「・・・どんな味か説明してくれますか?」
「好きな人と偶然街で会って10秒間ほど見つめ合った時の喜びとせつなさが入り混じったような味。」
「・・・それじゃお客様には伝わりませんよ。」
「え〜!めちゃくちゃ自信あったのになぁ!」
「・・・身なりは、そうですね、髪の色が黒ければ後は大丈夫でしょう。」
「は〜い。」
安岡は元気に返事をした。
「ピーコのファッションチェック、もう終わり?」
黒沢が北山に尋ねる。
「ピーコじゃないですから!」
北山はキレ気味につっこんだ。