7月の下旬、午後3時前。
都内にあるフレンチレストラン『Cinq clef(サンク・クレ)』にひとりの男が訪れた。
「いらっしゃいませ・・・あ!北山さん!お待ちしておりました!」
この店のパトロンである酒井が迎え出る。
北山は店のエントランスに立ち、辺りを見渡した。
「この店ですか・・・外観や店内、立地条件も悪くない。なのにどうして。」
「はぁ・・・まぁ、なんと言いましょうか・・・」
「あれ〜?酒井さぁん、お客さ〜ん?」
フロアの方から声がする。
北山は声のする方へ歩いて行く。
そしてフロアの片隅に目を遣った。
「・・・な、なんだこれは・・・」
北山は思わず手に持っていたカバンを床に落とした。
この店の従業員だと思われる男3人が客用のテーブルを囲みトランプに講じていた。
「テメェ安岡、ダイヤ止めんなよ。」
「えぇ〜?俺に疑いかけといて、ホントは自分で止めてんじゃないの〜?」
「♪疑い〜ぃがぁ〜」
「営業時間に何やっとんじゃキサマら〜!」
酒井が星一徹ばりにテーブルをひっくり返した。
「え〜。何って。七並べだよ。酒井知らないの?」
シェフらしき男がごく普通に返答する。
「知ってるっつうの!30過ぎたオッサン3人で七並べって、アンタら正月の小学生かっ!」
「んな固いこと言うなよ酒井〜。ラストオーダー過ぎて誰もいなかったら、営業時間外だろ。」
ギャルソンらしき男が全く反省する様子もなく言い放つ。
その傍らでソムリエらしき男が床に散乱したトランプを拾い集めている。
「あ〜あ〜、トランプ散らばっちゃったじゃん!・・・あ〜!ダイヤ止めてたの黒ポンだったの?!」
「へっへ〜♪ バレたか〜。」
「あ、でもコイツ、スピードは弱いから。」
「うん、ホント遅いよね。スピードと言うよりスローだよね。」
「お前らうるさいよ!」
「んだぁ〜!くっちゃべっとらんでお前ら仕事せぇ仕事〜!」
酒井が赤鬼のように顔を真っ赤にして怒鳴るが、3人は屁でもないといった様子。
「え〜。後片付けも済んでるし〜。」
「早っ!・・・3人ともか?」
「そうだよ。仕事早いでしょ?」
「まさか・・・ラストオーダーの時間より前から片付け始めただろ?」
「・・・」
「返事しろ返事を〜!」
「あの〜、酒井さん・・・やっぱりこの話はなかったことに・・・」
北山は足元のカバンを拾い上げ、踵を返した。
「いやいやいや!北山さぁ〜ん、そんなこと言わないで〜。ね?お願いしますよぉ〜・・・」
酒井が慌てて北山を引き止める。