しょんぼりと俯いた彼女の元にワインリストを持った安岡が向かう。
「いらっしゃいませ。お飲物は・・・」
「すいません・・・それも彼が戻ってからでいいですか・・・?」
「・・・畏まりました。」
安岡は一旦彼女の元を離れ厨房へと向かい、ワイングラス4つにそれぞれ無色の透明な液体を注いで戻ってきた。
それを彼女の前にすべて並べた。
「・・・あの、これは・・・?」
「お水です。」
「え?」
「こちらのお客様が戻られるまでの間、普通に水だけというのも芸がありませんので。
左からミネラル分が少ない軟水・ミネラル分をたくさん含んだ硬水・天然の発泡水・そして一番右が混じりっ気なしのH2Oです。」
「へぇ・・・発泡水以外、見た目では違いがわからないですね。」
「どうぞ。召し上がってください。」
安岡はやわらかい笑顔を彼女に向けた。
彼女は左から順番にグラスを持ち上げ、色を見たり匂いを嗅いだりした後、口を付けていく。
「どうですか?」
「軟水は普通に飲みやすくておいしいです。硬水はクセがあって飲みにくいし後口も悪いかな・・・
発泡水は初めて飲んだんですけど、自然にこれが涌いて出てると思うと不思議ですね。
真水は味気がなさすぎて逆に飲みにくく感じました。」
「そうでございますね。クセがありすぎるのもなさすぎるのも飲みにくいですね。」
安岡が説明していると、厨房から黒沢が皿を1枚手にして現れた。
「いらっしゃいませ。お客様、甘い物はお好きですか?」
「・・・あ・・・は、はい。」
「今新しいデザートメニューを創作中でして、是非食べてご感想をいただきたいと思いまして、お持ちいたしました。」
皿を静かにテーブルへ置いた。
「シトラスのソルベです。」
黒沢はこの後のディナーに響かないように配慮し、あっさりしたものをチョイスして、それを少量盛り付けたのだ。
「・・・いいんですか?私みたいな素人の意見が参考になるんですか?」
「もちろんでございます。来るか来ないかわからない料理評論家に向けて作っているわけではありません。
全てのお客様に喜ばれるものを作りたいと思っておりますので。どうぞ。」
「・・・じゃあお言葉に甘えて・・・」
彼女はデザートスプーンを手に取り、一掬いして食べた。
「あ・・・おいしい・・・」
黒沢はその言葉にニッコリと笑った。
「この店では、ソルベは他のデザートに添えられるものだったんです。
それも『ライムのソルベ』『レモンのソルベ』といったようにひとつのフルーツで簡単に作っていたのですが、もう少しこだわって作りたい、ソルベをメインにしてそれに他のデザートを添えてみたいと思うようになったんです。
中に入っているオレンジ色のツブツブは甘く煮たオレンジピールをみじん切りにしたものです。」
「こんなにおいしいソルベを食べたのは初めてです。これが脇に添えられるのはもったいないです。」
「本当ですか?ありがとうございます。早速明日からメニューに取り入れさせていただきます。」
「え!明日から?」
「はい。」
「店の者からはGOサインが出てたのですが、お客様のGOサインがあるのとないのでは意味合いが大きく変わってきます。
これで自信を持ってソルベを脇役から主役に大抜擢することができます。ありがとうございます。」
黒沢は深くお辞儀をした。
「あ、いえ・・・こちらこそ、ごちそうさまでした・・・」
彼女も小さく頭を下げた。
黒沢はうれしそうに厨房へと帰っていった。