―――そんなタミさんと、実は昨夕偶然廊下で出会い、少し話をしたのだ。
「おっ、酒井。今から仕事か?」
「あ、タミさん。お疲れさまです。今から銀行強盗事件の現場に行くんですよ。」
「そうか、頑張ってな。俺は今から帰って、明日は非番だ。」
「それはそれは。ゆっくり休んでください。」
タミさんとそんな話をしていると、タミさんが持つ紙袋からかすかに「ニャ〜」という鳴き声が聞こえてきた。
「えっ、猫?!!」
「しっ、声がデカいっ。猫連れて署内にいるとこバレたら怒られるだろ。」
「あ、いや、あ、すいません・・・」
タミさんに小声でたしなめられ、慌てて謝る。
「さっき外に出た時に見つけてな。雨に打たれて弱ってたし腹を空かせてたみたいだから放っておけなくて・・・ウチで飼うことにしたんだ。」
「いやはや、そうだったんですか。」
「子どもの頃から猫が好きでな。」
「実は俺も猫好きなんですよ。・・・少し見ても?」
「ああ、構わないよ。」
タミさんが広げた紙袋の口に顔を近づけると、小さな三毛猫が首をもたげ、一鳴きした。
「実はな、俺来月で定年なんだよ。」
「え、定年?!お若いんでそんな風には全く・・・」
「いやいや・・・気だけは張ってるんだが、実はあちこちガタがきててな。
ま、あと1ヶ月はゆっくりとはコイツの面倒を見れないかもしれないけど、それが終わったら世話もちゃんとしてやれるし、いっぱい遊んでやれる。
それまでコイツにも少しガマンしてもらわないといけないがな。」
「『仏のタミさん』に拾われて、コイツも幸せだな。・・・おっと、そろそろ行かなければ。」
今から現場に向かわなければならないのに随分と立ち話をしてしまったと我に返る。
「悪いな、仕事中に長々と引き止めてしまって。」
「いえ、全然。タミさんと久しぶりに話ができて楽しかったっす。また飲みに行きましょうね。」
「おぅ、退職金でいくらでもおごってやる。」
「ははっ、ありがとうございます。」
「じゃあな。」
「はい、失礼します。」
去っていくタミさんの背中をしばらく見送った後、俺は鑑識課へと歩き出した―――
村上と安岡に「また明後日」と言い残して帰ったタミさん。
定年後、あの三毛猫と一緒との暮らしを思い描いていたタミさん。
そんな人が・・・ホントに自殺なんて図るのだろうか・・・。