特命係は、警視庁上層部から疎まれている。
言わば「窓際部署」で、仕事は滅多に入ってこない。
今日も、黒沢は机の下から寸胴鍋を取り出してカレー作り。
北山は囲碁に勤しんでいた。
「失礼します。」
書類の束を抱えて特命係に入ってきたのは、警視庁鑑識課の酒井雄二だった。
「おっ!今日もやってますね〜!今日は何カレーです?」
警視庁の中で、唯一酒井だけが黒沢のカレー作りに理解を示している。
「今日はチキンとナスだよ。」
「いいですなぁ!またお昼に呼ばれに伺います。」
「うん、待ってる!」
寸胴に顔を近づけカレーの香りを嗅ぐ酒井に、北山が碁盤を見つめたままで尋ねる。
「今日は何かあったんですか?」
「おっ。そうそう。本来の目的を忘れそうになってました。・・・これです。」
酒井は乱雑に重ねられた書類の束から器用に1枚だけを取り出して、碁盤の横に置いた。
黒沢は煮込んでいたカレーの火を止め、酒井と北山の間から書類を覗き込む。
「▲▲町の公園で男性の首吊りの死体が見つかったんですよ。」
「ああ。その事件なら、ニュースでも取り上げられてましたね。」
北山が書類を手に取る。
「捜査1課は自殺の線で片付けようとしてるんですけどね。ちょっと妙なんですよね。」
「妙、と言いますと?」
「仏さん(死体)の靴がないんですよ。」
「靴、ですか。」
「死体が発見された時、靴下つけただけの状態だったんです。
靴下が綺麗なら誰かが部屋から運んで・・・と他殺の可能性もあったんですが。」
「靴下が汚れていた、と。」
「靴下で公園うろうろしてたってこと?この仏さん。」
黒沢が事件について初めて口を挟む。
「そういうことです。靴下に付着していた土と、公園の土は一致しました。
それに現場周辺にあった靴跡とガイシャ(被害者)の家に残っていた靴跡も一致してます。
だだですねぇ、ガイシャの体内から大量のアルコールが検出されましてねぇ。
捜査1課の見解は酔っ払ってどこかで脱いだんだろうってことで、捜査を打ち切りするそうです。」
「なるほど。これは調べてみる価値がありそうですねぇ。黒沢君、行きましょうか。」
「はい!・・・あ、酒井〜。お昼が来たら、勝手にカレーあっためて食べててね。
いっぱいあるから鑑識課のみんなにも分けてあげて〜。鍋は俺が洗うからそのままで〜。」
「いつもありがとうございます。」
嬉しそうに敬礼する酒井。
「じゃあ私からもコレ。どうぞ。」
「えっ、i
Podの最新モデル!?マジっすか!マジっすかぁ〜っ!!」
カレーの時よりも数十倍テンションが上がっている。
「いつもお仕事をいただいてるんです。これぐらいは安いもんです。」
「けど・・・俺・・・モノをもらうためにお仕事廻しているんじゃないんで、やっぱり受け取れません・・・。
鑑識課の技術と勘を活かして、ひとつでも多く事件を解決したい・・・
そのために特命係のおふたりに仕事を持って来ているんです・・・。
何かいただくために仕事を持って来てると思われるのは嫌なんです・・・。」
今にも泣き出しそうな顔で、酒井はi podを机の上に置く。
「こちらとしては物々交換とか取り引きとか、そういうつもりでプレゼントしているんではないですよ。
こんな窓際部署を信頼してくれて、仕事を与えてくれることへの感謝の気持ちです、受け取ってください。
これからも何かあったらいつでも私たちに声を掛けてください。」
「うん、陽一さんの言うとおりだよ。
酒井がさ、そんな風に言い出したら、俺の“カレー配給”はどうなる?
趣味でみんなにカレー振る舞ってるのに『何か見返りがあると思って配ってる』って相手に思われたら、やりにくいじゃん?
だからさ、受け取ってあげて。」
黒沢が真剣な面持ちで説得力のあるような、ないような言葉を掛ける。
「うぐっ・・・すいませんっ・・・」
酒井が目に腕を押し付け、涙を拭っている。
「はい、コレ。」
黒沢がi Podを差し出す。
「・・・ありがとうございますっ!失礼しますっ!」
酒井はi
Podを受け取ると、深々とお辞儀をし、走って帰って行った。
「いい奴ですね、あいつ。」
「そうですね。骨のあるいい男です。・・・じゃ、そろそろ行きましょうか。」
「ええ!」