ふたりぼっちの特命係・・・とその仲間たち
警視庁生活安全課のスペースの片隅に小さな部屋がある。
「警視庁・特命係」。
白いスーツに白いハットという、殺伐とした職場にふさわしくない出で立ちで一人の男が出勤してきた。
特命係・巡査部長、黒沢薫だ。
彼は、自分の部署に入るや否や、部屋のブラインドをいそいそと閉める。
そして小さな部署の隅に置かれたロッカーからジーンズ、Tシャツ、ジャンパーを取り出し、着替え始めた。
「よっ、暇か?」
隣の部署、生活安全課の課長が勢いよくドアを開ける。
「うわっビックリした!ノックぐらいしてよ!」
着替え中だった黒沢は、素っ頓狂な声を出し、Tシャツの襟から半分だけ頭を出した状態でよろけた。
「うわっ!何?何?なんで着替えてんのよ?」
課長も黒沢のリアクションの大きさに驚いてしまっている。
「いやぁ、やっぱりスーツって動きにくいでしょ?あと汚れるの嫌だし。だから。」
「だったら最初っからTシャツ、ジーンズで出勤すりゃいいじゃん。」
「嫌。これが俺のこだわり。」
「はいはい。お前のこだわりは分かったから、早くTシャツに頭通せよ。『上野クリ○ック』の広告みたいになってんぞ。」
「俺はそんな風になってないよ。」
「???・・・いやいや!そんなこと聞いてない!知るかよ、お前の“状態”なんてよ!」
ドアが静かにノックされる。
「は〜い。どうぞ〜。」
中から黒沢が元気よく返事する。
かちゃりとドアノブが廻り、英国紳士のようにパリッとスーツを着こなした華奢な男性が入ってくる。
特命係・警部、北山陽一だ。
眼鏡が一層彼をクールな雰囲気に仕立て上げている。
「おはよう、黒沢君。」
「おはようございます!陽一さん。」
課長が口を挟む。
「あれ?黒沢の方が年上だろ?」
「いいの〜。身分は俺の方が下だし。陽一さんキャリアだし。
設定的にも俺が“先輩ヅラ”するとおかしいだろ〜?」
「ま、まぁ〜・・・そうだよね・・・」
課長も黒沢のペースにすっかり翻弄されてしまっている。
北山はというと、黒沢の作り出す独特の空気に染まることなく、黙々とモーニングティーを淹れている。
「・・・どうぞ。」
北山が低音のいい声で課長に紅茶を勧める。
「ああ、こりゃどうも。」
「今日は『ニルギリ』です。」
「に、・・・ぎり・・?」
「『ニルギリ』。南インドで作られている、紅茶の種類ですよ。」
「南インド〜?!」
たった今着替え終わった黒沢が嬉しそうに会話に参加する。
「俺、南インドのが一番好きなんだよね〜! カレー。」
いきなり話がカレーに飛び、紅茶を噴き出しそうになる課長。
「え!か、カレー?!」
「うん。うまいよ〜。今度連れてってあげるよ。」
黒沢はニコニコと笑顔を浮かべて、課長の返事を待っている。
課長は、静かに紅茶を啜る北山に尋ねる。
「あの〜・・・。」
「何か?」
「・・・つっこまないんですか?」
「つっこみません。」
「・・・そうですか・・・。」
ふたりのやりとりを不思議そうに見つめる黒沢。
その視線に、何故か何だか居た堪れなくなり、課長は紅茶をグイッと一息で飲むと席を立った。
「お邪魔しました。」
「また遊びにおいでね〜!」
黒沢が生活安全課全体に響き渡るような高音で見送る。
「“遊びに”ってお前っ!俺がサボってるみたいな言い方するな!」
「え〜・・・実際そうじゃないの??」
悪気がない。これが厄介。
「・・・つっこみません、つっこみません・・・」
「???」
不思議そうに課長を見る黒沢。
課長は、その視線から逃れるように、走って自分の席まで戻って行った。
「変な人ですね・・・あの人・・・」
黒沢は呆れたように呟く。
北山は黙って紅茶を飲み続けていた。