「あいつは電話を切ってすぐ公園に向かった。俺もそっと後を追ったんだ。
そして・・・ヤツはあいつの前で、俺が作ったのとそっくりなマジックを披露したんだ。
俺はヤツからネタを盗んだ覚えはないし、偶然そっくりなネタだったのかもしれない。
けれどヤツは、端(はな)っから『俺達が盗作した』と決めつけてて・・・『二度とこのネタをするな』ってあいつに言い放ったんだ・・・。」
男は傍らにあったベンチに脱力するようにストンと腰掛けた。
「ヤツが帰った後、ベンチに腰掛けたまま動かないあいつの元へ向かった。
あいつ・・・いきなり『マジシャン辞める』って言い出したんだ・・・。
『盗作じゃないんだ。だからお前は気にしなくていい。』って説得したんだ。
それなのに・・・『同じマジックなのにヤツがやる方が何倍もおもしろい。自分には見ている人々を楽しませる才能がない。
だから辞めるんだ。もうマジックはしない。』って・・・。」
男は天を仰いだ。
「俺ね、どうしても引き止めたかったんだ。自分がマジックの才能なくて、志(こころざし)半ばで挫折したから。
コンビニで酒買ってきてさ、ふたりで飲みながら何度も説得したんだけど・・・あいつの決意は固かった・・・。
俺はマジシャン辞めて以降、あいつに有名になってもらおうと、あいつのためにいっぱいマジックを作ったんだよ!
寝る間も惜しんで作ったこともあった!何ヶ月もかかって大掛かりなマジックを作ったこともあった!
それなのにあいつは・・・!簡単に辞めるだなんて言い出して・・・!あいつに裏切られたような気分になったんだ・・・。
だから俺はあいつが泥酔している間に木の枝にロープをくくり付けて、『新作の脱出マジックだ』って騙して肩車して・・・。」
男はポロポロと涙を流しながら頭を抱えた。
「その場を離れようとした時、靴がベンチの下に残ってることに気づいたんだよ。自殺に見せかけようとしていたのに。
けれど俺は・・・苦しんでいるあいつの足元に靴を持って行くことができなかった。だから咄嗟に持って帰ってしまったんだ・・・。」
「そういうことだったのか・・・。」
黒沢は納得したように呟いた。
「なぜ夢を他人に託したのですか。」
北山が男に尋ねた。
「・・・え?」
男が伏せていた顔を上げた。
「なんで自分でもう少し頑張らなかったんですか?途中で夢を諦めた人に彼の生き方を否定する資格なんてありません。」
「陽一さん!なんてことを!」
「それに・・・あなたは情熱を注いできた『マジック』というものを殺人に利用した。
マジックは人を楽しませるためのものです。それを殺人の道具に使ったあなたは・・・本当の意味で『マジシャン失格』です。」
「うわぁぁぁぁぁ!」
静かな公園に男の泣き声が響く。
それに重なるようにパトカーのサイレンが徐々に大きくなり、すぐそばに止まった。
捜査1課の村上と安岡が3人の元へやって来る。
「殺人容疑で逮捕する。」
村上が男の手首に手錠を掛け、男を安岡と挟むようにして連行していった。
それを特命係のふたりは無言で見送った。