場面が変わり、今度は村上と黒沢のシーンだ。
「・・・まだ、ここにいたのか。」
「リク。久しぶりだな。戦士であるお前には、こんなところに用などないだろ?・・・どういう風の吹き回しだ?」
「戦士っていったって・・・争いもない今、仕事もないに等しいだろ。」
先の戦争で家族を失い孤独の身となった経験から、平和のため戦士となる道を選んだ『リク』を演じるのは、この劇団の主宰者である村上てつや。
本名は「哲也」であるが、芸名としてひらがな表記に変えている。
劇団を立ち上げたキッカケは、高校時代に見たミュージカルに感銘を受けたため。
当時のクラスメイトである黒沢が渋るのをものともせずに強引に説き伏せ、大学入学と同時にふたりで劇団を創設。
黒沢曰く、立ち上げ当初の村上の演技は「正直、目も当てられないほどにアレだった」らしい。
しかし、その後演技力を十分に身につけ、今ではすっかり劇団俳優として、また主宰者としての風格も携えている。
主宰者としての役割以外に、劇場の手配やチケット管理、各種関係先との交渉など、プロモート関係の仕事を一手に引き受けている。
「ナギ、村へ帰ろう。みんなお前の帰りを待ってるんだ。」
「・・・俺は、帰らない。」
「なんでだ?ここで待っていても、戻らないぞ。何ひとつ、誰ひとり、な。」
「奇跡が起きるのを信じて待っているんだ。お前には関係ない。」
「何言ってんだナギ!奇跡なんて起こるワケないだろう!奇跡が起こってどうにかなるのなら、あの戦争なんて起こらなかったはずだろ?!」
リクの言葉に悲しげに笑って首を左右に振ってみせたのは、リクの幼なじみである『ナギ』。
複雑な過去を持つ、難しい役どころだ。
ナギを演じる黒沢薫は、小学校に上がるまでは児童劇団に所属、ドラマに子役として出演した実績もある。
ところがその際に主人公を演じた大物女優が実は陰湿な性格の持ち主であり、収録中 誰にも気づかれないように暴言を吐いたりつねったりの横暴三昧。
それがトラウマになった黒沢は、そのドラマ収録終了後に児童劇団を退団、演技の世界からはすっかり足を洗っていた。
そんな黒沢の過去を知らない村上は、アタマ数を揃えるべく、「押しに弱そう」という単純な理由で彼を再び演劇の世界に引きずり込んだのだった。
結局村上が黒沢の過去を知るのは、随分と後になってからなのだが。
舞台で装着する衣装や小道具の調達を任されていて、時には自らデザインも行っている。