そんな安岡の独白シーンが終わり、下手側に北山が登場の準備に取りかかった。
柱に背をもたれかけるようにして座り、目を閉じる。
主人公ソラが、北山演じる「謎の青年」に初めて出会うシーンだ。
「あっ、あの!」
「・・・何か・・・?」
「この辺に星が落ちたと思うんだけど、見なかった?」
「星・・・?」
「星だよ、星!ほら、あれだよ、あれ!」
安岡が遥か上空を見上げて指を差す。
「星が?」
「そう!眩しいぐらいキラキラ輝いていた星が、こっちの方向に落ちてきたの、僕見たんだよ!すっごくキレイで気づいたら家を飛び出してたよ。」
「星が、落ちる・・・」
安岡の言葉に、北山が立ち上がり、無表情のまま天を仰いだ。
北山陽一。
バレリーナだった母に師事していた彼は、幼少時代からバレエ界で名を馳せていた有名人だ。
しかし中学時代に脚を故障し、ドクターストップ。
バレエの道を絶たれたことで、表舞台の第一線から退いた。
時を経て、バレエダンサーだった過去を知ったこの劇団の主宰者・村上てつやからの猛烈な勧誘に遭い、断りきれずに現在に至る。
ちなみに、劇中の音楽も彼の担当である。
まさしく英才教育の賜物、といったところか。
「君はここで何をしてるの?」
「わからない。」
「え?」
「・・・思い出せないんだ。名前も、自分がどういう性格かも、どういう人生を歩んできたかも、何もわからないんだ。」
ソラの旅に、記憶が欠落した青年が加わり、ストーリーが進んでいく。
森を進むふたりは、同じく星を追ってきたという男、『トキ』と出会う。
「ねぇ、なんで何も話してくれないの?星が落ちたのを見てないか聞いただけなのに、なんで何も答えて・・・」
「うるさい!なんでお前にそんなこと話さないといけないんだ?!」
「なぁんだ、ちゃんと聞こえてるし、ちゃんと話せるんじゃん。」
「何だと?!」
「あっ、はじめまして、僕ソラ。」
勝手に自己紹介を始めたソラに興味がないのか、トキはそちらを見ることせず無言のまま突っ立っている。
「それと、隣にいるのが『キミ』くん。
キミくん、自分の名前が思い出せないみたいだから、僕が名前をつけてあげたんだよ。
名前わからなかったからさ、『君』『君』って呼んでたの。だからキミくんって呼ぶことにしたんだ。」
「言いたいことは全部ソラが説明してくれたよ。名前は適当に呼んでくれて構わないよ。よろしく。」
「・・・言いたいのはそれだけか?俺はお前たちに用はない。失礼する。」
「あっ、ちょっと待ってよ!」
トキは、ソラたちとかかわり合うのを避けるように、足早に去っていこうとする。
トキのあだ名は『預言者』。
未来が見える能力者であるがゆえ周囲から奇異の目で見られ、腫れ物に触れるような扱いを受けていた。
そのことで心を強く閉ざしたトキは、人と接するのを極端に避けるようになっているのだ。
トキを演じるのは、酒井雄二。
元々は大学のお笑いサークルでコントグループを結成していた。
しかし、周囲のお笑いに対する志(こころざし)の低さや安易な笑いに走りがちなムードに嫌気がさし、コントグループから離脱。
『お笑いをするには演技力も必要』が持論で、お笑いのスキルアップのためにこの劇団に加入した。
劇団加入の理由はコントのスキルアップのためであったが、最近は演劇の世界も楽しんでいる様子。
今やお笑いよりも演劇に携わっている時間の方が長いほどだ。
もっとも、本人曰くは『この劇団の居心地がよすぎるから』との理由らしいが。
劇団では専ら舞台装置の構想や製作、ポスターのデサインやキャッチコピー、チラシのレイアウトなど美術部門を担当している。