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「お〜し、稽古始めんぞ〜。」

村上の号令に、それぞれアップをしていた4人のメンバーが集合した。

ここは「劇団アルモニア」の稽古場兼事務所である。

結成してまだ半年。
劇団名・メンバー名ともにまだまだ無名であり、公演にも知り合いやその友人が足を運ぶ程度。
そんな極小劇団でありながら、このようなちゃんとした事務所を構えるのはなかなか珍しいケースではある。

このビルのオーナー兼管理人は、黒沢の遠縁にあたる老夫婦だ。
そのツテでビルの最上階である空きテナントを、敷金礼金なし、格安の月5万円で借りられることになり、当初は劇団員5人でバイト代から毎月1万円ずつを捻出していた。

しかしある時、オーナーとの会話の中で、窓拭きやなどのビルのメンテナンス、清掃作業、賃貸料の管理などなど、毎月相当額の出費があることを知る。
そこで5人が「安く場所を提供してくれているお礼に、俺たちが業者の代わりに全部やりますよ」と買って出た。

素人ながら業者にひけをとらない仕事っぷりを見せる5人に、オーナーは大いに感動。
自分たちが高齢であるということもあり、管理人としての仕事を彼らに託し、無償で5階フロアを譲ったのだ。

以上のような経緯で、彼らは練習場所に恵まれているのである。

「じゃ、今日は第2幕のアタマからだな。じゃ、安岡。」
「はいよ〜。」

他の4人が横に捌け、安岡が練習スペースの中央に残る。

「じゃ、スタート。」

パン、と村上が手を叩き、立ち稽古が始まる。

第2幕の導入部は、安岡の一人語りから。
現在はまだ練習の段階なので照明などの過度の演出は端折られているのだが、この部分はピンスポットを浴びての演技になる予定だ。

「・・・この森に入り、すでに何時間が経ったのだろうか。
星が落ちた方向へ懸命に足を進めて続けているのに、隕石も、落ちた痕跡も、一向に何ひとつ見つからない。・・・」

安岡優。
この劇団の中では最年少であるが、その天才的な演技力で今回初の主役、青年『ソラ』役に抜擢された。

初めて演劇に触れたのは中学時代。
入学して間もなく、たったひとりで演劇部を立ち上げた。
当初、部を作った理由を「ノリで」「ウケ狙い」などと語っていた安岡であったが、その年の文化祭で演劇部初公演である一人芝居で、周囲をアッと驚かせる演技を見せる。
「あるはずのない風景が見えた」
「吹いているはずのない風が吹いているように見えた」
となど客に言わしめた。
しかもその評価が巡り巡って、いつの間にやら「安岡は、演技のためなら泥ダンゴをも食べる」と、漫画『ガラスの仮面』の主人公・北島マヤになぞられたウワサ話にまで発展したほどだ。

劇団では脚本も担当、この「Blue Planet〜星に選ばれし者〜」という戯曲も彼の書き下ろしである。


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