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結局、テツリンセイオーはこのレース、「競走除外(レース発走前に出走を取り消す)」ということで終わった。
その日の夜、夢の中でテツリンセイオーと再び会った。

「なぁ、何で脚痛めてること隠してたんだよ!あのまま走ってたら、お前・・・」
『もうどうなってもいいと思ってたからさ、あのまま馬房で腐っていくのもレースでダメになるのも一緒かな、ってな。』
「だからぁ!そういう考え方やめろって何度も言っただろ〜?!」
『だってさぁ〜・・・随分前にニンゲンに“体調悪い”ってサイン送ったことあったんだけど、誰も気づいてくれなくてさぁ。
ま、結局その時はすぐに治ったけどさぁ、すっかりニンゲン不信ってヤツ?だからニンゲン乗せるシゴト、辞めたかったんだよね。』
「そっか・・・そんなことがあったのか・・・」
『ああ。気づいてくれたのはお前が初めてだな。ありがとな。』
「もう・・・ムチャしないでよね。」
『ああ、わかってる。』
「そのかわり、治ったらしっかり頼むよ。同じダメでもさ、やり遂げてからハラ決めようよ。な?」

『ちょっとちょっと。勝手に引退されては困るんだがな・・・』

別の声が聞こえ、振り返るとそこにはユージェニックスの姿があった。

『俺のヤネもやってるんだから、アンタたちには勝ってもらわないと困る。』
「ユージェニックス・・・」
『何だよお前、若手のくせにナマイキだな・・・』
『うるさい。これが持って生まれた性分なんだから、仕方ないだろう?』
「あ〜、もうモメんなよ、お前ら〜!」
『心配するな。このオッサンには俺からきつ〜く言っておくから。』
『てめっ、オッサンって何だよオイ!』

ユージェニックスと、ユージェニックスに背を押されたテツリンセイオーは、仲がいいのか悪いのか、一緒に去っていった。

 

 

テツリンセイオーの鞍上で感じ取った一瞬の違和感。
落馬した時のレースの前にも感じ取っていたのだ。
俺にとってもその馬、テツリンセイオーの父馬にとっても大事なレース・・・「負けられない」、そのことで頭がいっぱいだった。
俺は、それを馬が無意識のうちに発したサインということに全く気づかず、そのまま出走してしまったのだ。

あの時、あの馬は気づいてほしかったんだ。
信頼し合っていた俺に、気づいてほしかったんだ。

今さら気づいたところでやり直しは効かない。
だけど、二度と同じことは繰り返しちゃいけない。
その思いが、テツリンセイオーの鞍上で俺を叫ばせたのだった。

後日、万全になったテツリンセイオーはレースに登録し、ぶっちぎりの1着でゴールを切った。
落ちこぼれのジョッキーと崖っぷちの馬は、周囲の予想を大きく覆し、見事返り咲いてみせた。
ファンからの声援、オーナーからの感謝の言葉に、胸が詰まりそうになった。

 

 

その後も勝ち星を重ねた俺とテツリンセイオー。
今日ついに、待ちに待ったG1レースに出走する。
テツリンセイオーの鞍上は、もちろん俺、黒沢薫。
凱旋帰国の安岡も騎乗するとあって、競馬場には鈴生りの観衆で埋め尽くされている。

「よっ、頑張ってるみたいじゃん?」
安岡が俺に声をかけてきた。

「おぅ、おかげさまでね。」
「対戦できる日、楽しみにしてたんだよ。」
「俺もだよ。っていうか、今でも信じられないけど。」
「ははっ、でも今日は負けないよ?」
「俺だって、そのつもりだよ。」
「お手並み拝見だね。」

安岡と握手を交わし、パドックへ駆け出した。
そしてきょろきょろしながら俺の到着を待つテツリンセイオーの背に飛び乗る。

『すげぇヒトの数だな。』
「そりゃそうだよ、奇跡の復活を見せた馬が出るとあってね。」
『ふぅん。』
「ついに来たよ、ここまで。頑張ろうぜ。」
『ん・・・あれ?あいたたたた・・・脚痛くなってきた・・・』
「・・・仮病はよせ、仮病は。」
『バレたか。つまんねぇ〜。』

地下馬道、見送る北山の前で立ち止まり、俺は両手を首の後ろに回した。

「黒沢さん・・・?」
「これ、ペンダント。返すよ。これ、お前のだろ?」

首から外したペンダントを北山に差し出した。
蹄鉄とクローバーのモチーフの裏に小さく刻んであったイニシャル、「YK」。
北山のものだと気づいたのは随分後だったけれど。

「もう、なくてもいける。そんな気がするんだ。」
「・・・わかりました。」

北山は受け取ったペンダントをポケットに収め、テツリンセイオーの首元をポンと叩いて俺たちの元から離れていった。

「頼むよ、テツリンセイオー。」

もうテツリンセイオーの声は聞こえなかったけれど、『まかせとけ』って声がこの耳に届いた気がした。

「よし、行こうか!」

踵でテツリンセイオーに合図を送り、本馬場に向かって走り出す。

風に乗って・・・そのまま風になってしまいそうなほどの爽快感を、俺は今、全身で感じていた。

 

 

END

 


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