その日の夜も、夢の中に青年が現れた。
ユージェニックスの時も経験しているから、声を聞かなくてもその青年が誰かすぐにわかった。
「テツリンセイオー・・・」
気難しいとは言え実直そうだったユージェニックスと比べ、テツリンセイオーはふてぶてしくて・・・少々チャラい・・・。
鋭い視線は馬の時と同じだ。
『お、お前昼間のヤツじゃん。何やってんの?んなとこで。』
「何やってんじゃないよ〜・・・オーナーはお前に期待してくれてるっていうのに・・・」
『あれだろ?俺を買ったヤツだろ?んなもん知らねぇよ〜・・・たまにしか顔を出す程度なのに“俺のもんだ”って顔されてもなぁ、いい気しないぜ?』
「オーナーさんはぁ、お前育てるのにいっぱいお金出して、ちゃんと食わせてくれてんだよ〜!わかってる?!」
『だかあさぁ、そういうのが嫌だ、って言うのよ。好きでもないニンゲンにさぁ、食わせてもらったりすんのがさ。
あんな嫌なヤツに食わせてもらうぐらいなら、もう俺ここらでいいんじゃないかな〜、ってな。はっはっはっ!』
「笑いごとじゃないってば!もう〜・・・マジメにやろうよぉ〜・・・」
『まぁそんなワケだから。そんなに俺に期待しないでくれない?俺、別にどうなってもいいと思ってるしさ。・・・じゃあな!』
ユージェニックスの時と同様、テツリンセイオーは人間から馬に姿を変えて去っていった。
「よ。来たぞ。」
『ご苦労なこったな。』
「仕事だからな。」
昨日はギャロップ程度にしか走らせなかったので、今日からは本格的に走り込む調教に切り替えることになった。
脚質を考えて序盤抑え気味に走らせようとするが、俺の制止を振り切って勝手にグングンとスピードを上げてしまう。
そのせいで終盤はもうバテバテ。ペース配分もあったものじゃない。
このままじゃ、レースに出ても勝てるワケがない。
「・・・時計(タイム)は悪くないみたいですけどね・・・」
俺の意図していたこと。
そしてテツリンセイオーが思いどおりに走らなかったこと。
北山はそれに気づいているようだった。
「黒沢さん、もう1本走らせますか?」
「あ、はい・・・」
もう1回走ってみたが、全く同じような走りっぷりで終わってしまった。
俺の心中を知ってか知らずか、当のテツリンセイオーはまたしても『たりぃ〜。』などと言っている。
ユージェニックスは生きることと勝つことに前向きだったけど、テツリンセイオーは競走馬としての生き方にうんざりしている。
こいつの過去に、一体何があったのだろう。
その後も俺の命令を聞く様子もなく好き勝手に走っていたけれど、結局オーナーの強い意向で平場(特別競走以外の一般競走)のレースに出走登録することになった。
「もう、最後かもしれない・・・」
レース当日ペンダントを握り、パドックで待つテツリンセイオーの元へ向かった。
『よぉ。』
テツリンセイオーは俺に向かって悠長に挨拶して、俺を乗せた後も やる気なさそうにパドックをダラダラと歩いている。
「行きましょう。」
テツリンセイオーの手綱を引いていた北山が、俺とテツリンセイオーに向かって声かけする。
地下馬道で北山の手を離れた途端に、かすかではあったが、何とも言えない違和感が腰から脳天にかけて駆け抜けた。
「え・・・」
『さて、行くかな。』
そう言って駆け出すテツリンセイオーを制止する。
「ま、待てっ・・・!」
この感覚、前に落馬した時と同じだ・・・!
「待てっ!待てってば!!」
本馬場を駆けていたテツリンセイオーを何とか強引に引き止め、北山の元へ戻る。
「ど、どうしたんですか?!」
「北山、やめよう!このレース、出るのやめよう!」
「え?」
『何だよ。早くゲートに向かおうぜ。』
「ダメだ!ダメなんだよ!このままではっ・・・」
「黒沢さん落ち着いてください!」
俺はまとまらない頭で必死に説明しようとするが、落馬した時の恐怖が再び蘇り、うまく伝えられない。
「一体何ごとだ?!また落とされるのが恐くてそんな泣きごと言ってるんじゃないだろうな?!いい加減にしたまえ!」
北山の横にいたテツリンセイオーのオーナーが俺を罵倒する。
「そう思いたければそれでも構いません!とにかく、このままレースに出てはダメだ!
このままでは・・・テツリンセイオーの脚が・・・っ!」
「脚・・・?」
北山は、俺の言葉を受け、しゃがみ込み、テツリンセイオーの脚を診た。
「これは・・・!黒沢さんの言うとおりかもしれません・・・オーナー、最後のチャンス、先送りにしてください!お願いします!」
オーナーに頭を下げる北山を見て、俺ももう一度頭を下げた。
「お願いします!」
「・・・仕方ない・・・好きにすればいい・・・」
「あ・・・ありがとうございます・・・!」