「ねぇ、くろ?」
「なぁに?」
「私、今日の夜、手術を受けるの・・・手術、ってわかるかな?カラダの悪いところを治すの。
頑張って病気を治してお店に戻るから、それまで待っててちょうだいね。」
「うん、まってる〜。」
ママさんは涙を浮かべてくろの手を握り、「お見舞い来てくれてありがとう。」と言って頭を下げた。
“あ・・・。”
「にゃ」
俺はママさんの枕元に見覚えのある物を見つけ、酒井の腕の中から抜け出した。
「・・・っと、黒ポンどうしました?」
俺はママさんのベッドに飛び上がり、その物を手で叩いた。
それは、俺たちのデビューシングル。
・・・俺のサイン入り。
道に迷い、パパさんとママさんの店のカレーを食べたあの日。
助けてくれたお礼に、たまたまバッグに入っていた、できたてのデビューシングルにサインを入れて渡したのだ。
「そうです。これはお店に来てくれた黒沢さんがくれたCDです。これは私の・・・お店の宝物なんです。
『これ、大切に持っててください。俺たちきっと売れますから!』って言って渡してくれたの。
だからその日の約束を守って、このCDを大切に大切にしてきたのよ。
私、この曲大好きなの。大好きなのは、この曲だけじゃないのよ?ほら。」
そう言ってママさんが指差した頭上の棚には、俺たちのCDがズラリと並んでいる。
「うわ、全部揃ってる・・・すごい・・・」
「あの日からずっとゴスペラーズさんを応援してるんですよ。いつもお店でゴスペラーズさんの曲かけてね。」
「ホントですか?ありがとうございます。」
縦長のCDシングルのジャケットに書かれた俺のサインは、書き慣れてなくてカタチが不格好だ。
それでも、ママさんはこのデビューシングルを大切に持っていてくれた。
・・・俺たちにとっても大切な曲。
歌いたい・・・
5人で歌いたい・・・
「なぁ、くろ君。」
「なぁに?」
「お兄さんたちはね、“歌”っていうのをお仕事にしてるんだ。
パパさんとママさんがおいしいカレーを作るのをお仕事にしてるように、俺たちは5人で歌うのをお仕事にしてるんだよ。
お兄さんたちの歌は5人全員が揃わないと歌えない。俺たちの歌はひとり欠けてもダメなんだ。5人で歌いたいんだ。
くろ君は、お兄さんたちの歌、聞きたくないかな?」
「うん!ききたい!おにいさんたちのうた、ってどんなの?!はやくききたいききたい!」
くろは、ママさんの枕元にいた俺の手をギュッと掴み、ブンブンと上下に振った。
“おぁっ、ちょっ、そんな激しく振るな!”
「にゃ、にゃにゃぁんっ」