早朝、俺たちはまだ太陽さえも昇っていない時間に起床した。
そして移動用のワゴンに乗り込んだ。
「おっし!今日は1日大変だと思うけど、気合い入れていこうぜ!」
「おぅ!」
なぜかくろ君も円陣に入って「うん!」などと言っている。
小雨が降る中、車は あるテレビ局へと進んでゆく。
「じゃあ、まず俺と北山、安岡で行ってくる。酒井はくろとここで待機。いいな?」
3人は朝の情報番組のオープニングで、キャスターの後ろに忍び寄り、告知ボードをカメラへ向けた。
『ゴスペラーズ緊急LIVE!今日18時○○区営グラウンドに黒猫を抱いて集合せよ!』
キャスターたちは気づいてなかったが、俺が急遽作ったボードはかなりの宣伝効果があったようで、番組内で「視聴者からの問い合わせが局に殺到しています」と伝えていた。
エンディングはメンバーバトンタッチして、リーダーがくろ君と留守番、俺と北山・安岡でボードを掲げてキャスターの後ろに立った。
「ご、ゴスペラーズさん!これは何ですか?!」
「○○区営グラウンドに黒猫を連れてきた人限定でライブにご招待します!」
「今日18時からです。お願いします。」
「みなさん来てくださいね〜☆」
告知を済ませて、最後にお決まりのポーズも取って(これが意外とうれしかった)、車に戻る。
「次はどこだ?」
「この時間だと、◆◆さんの番組とかどうかな?」
「よし、行こう!」
ある程度、名が売れているからだろうか。
それともギャラなしで構わないと言ったからだろうか。
局に行って番組の責任者に頭を下げたら、飛び入りでも意外とOKが出るのだ。
俺たちは夕方まで各局を行ったり来たりし、生放送に3人態勢で出演して告知しまくった。
最後の番組を出た直後、リーダーの携帯電話が鳴り出した。
電話は会場を設営している担当者だった。
『村上さん!』
「お疲れさまです。どうしました?」
『かなり雨が強くなってきています。機械の雨対策は何とか済みましたが、会場の足元が悪くてこのままではお客さんが・・・』
そう。
朝は小雨程度だったのに、俺たちが各局を回っている間に豪雨になってきていたのだ。
俺たちも情報番組の天気予報でそれを知っていたのだが。
「くそ・・・早く会場へ向かおう。お客さんが待ってる。黒沢も・・・」
車体を叩きつけるように、激しく雨が降り注ぐ。
フロントグラスのワイパーの早い動きに内側からジャレついているくろ君をよそに、皆静まり返っていた。
こんなに告知したのに、この雨では人は集まらないのではないか。
人が集まらない、ということは・・・。
誰も言葉は発しないが、きっと思うところは同じだろう。