水曜日。
昼休み。
オレは酒井のクラスに弁当を届けに来た。
酒井はちょうど友人とふたりで教室から出ようとしてるところだった。
「お!先輩!持ってきてくれたんですね。ありがとうございます。」
「ほい。」
オレは正方形の箱を酒井に差し出した。
「のぁっ!デカっ!これ、お重の1段分じゃないっすか!」
「雄二・・・何これ・・・」
酒井の横にいた友人の目が点になっている。
「今、黒沢先輩に弁当を交換条件に水泳教えてるんだよね。
昨日いきなり『弁当作ってやるから金曜までに50メートル泳げるようにしてくれ』って土下座されてな。ホントとんでもない人だよ。」
「へぇ〜。また金曜日までとは猶予がないね。」
「猶予がないのに酒井は『水の中歩け』だの『プールサイド持ってフォームの練習』だの言って、一向にちゃんと教えてくれる気配がないんだよ〜。」
「あっ、そうだ、紹介しときますね。クラスメイトの北山。こちら、美術部の黒沢先輩。」
「初めまして。」
「よろしく。」
「こいつねぇ、水泳部のエースなんすよ。」
酒井が北山を指差して言った。
「へぇ〜。エースかぁ。才能があるってうらやましいなぁ。」
「世の中のすべての人がエース級に泳げたら困っちゃいますよ。オレは泳ぐことはできるけど、弁当は作れない。
人にはそれぞれ違った才能があるんです。」
年下なのに説得力あるなぁ。
「雄二も昔、地元で『神童』って言われたスイマーなんですよ。雄二に教えてもらったらきっと泳げるようになりますよ。
雄二を信じて、頑張ってくださいね。」
「ばっ、バカっ、余計なこと言わなくていいっ!」
酒井は、北山に『神童』って言われて顔を真っ赤にした。
「ありがとう北山。『神童』に教えてもらって頑張るよ。」
「先輩まで何言ってんすかっ!」
「じゃあな酒井。また放課後、校門でな。」