「先生・・・実は、落とした財布盗まれちゃったみたいで・・・」
「えぇ〜!困るよ君ぃ〜。まさか嘘じゃないよねぇ?」
「嘘なんかつきませんよ!オレだって困るんだ・・・あれはヨウイチ兄ちゃんとオレの今月の食費が入ってたんだから・・・」
ユタカが唇を噛み締めた。
「よ、ヨウイチ?・・・もし人違いだったらゴメン、ヨウイチって刑事やってない?」
「え?何でそれを・・・?」
「ヨウイチはオレの同級生なんだよ。君ぐらいの弟さんがいて、家事を頑張ってやってくれてるって、アイツからよく聞いてたから。
俺、黒沢カオルっていうんだ。よろしく。」
カオルはユタカに手を差し出した。
「あ、ユタカです・・・よろしく、お願いします。」
ユタカは突然のことでうまくリアクションがとれないまま握手した。
「今日の治療費はいらないよ。」
「ホントですか?!」
カオルの言葉に、ユタカは思わず握手した手に力を込めた。
「あいたたたっ!」
「あ、ごめんなさい!」
ユタカは慌てて痛がるカオルの手を振りほどく。
「そのかわり、お願いがあるんだけど〜。」
「何ですか?」
「暇な時でいいからさ、ウチの病院手伝いに来てくれない?」
「え?オレがですか?!」
「うん。君、動物好きそうだし。」
「たしかに好きですけど〜・・・オレにそんな仕事できますかね?」
「大丈夫。難しい仕事を押しつけたりしないよ。動物たちの横に付き添ってあげるだけでもいいんだ。
さっきこの子が我慢できたのも君が付き添ってあげてたからだと思う。君は動物に好かれる力を持ってるよ。」
カオルは犬の頭を撫でながらユタカに言った。
「そう、なんですかね・・・」
「あ、そうだ。君もユタカ君と一緒に遊びにきてね。」
カオルは犬に向かっても言った。
「わふ。」
犬は小首を傾げてカオルを見上げた。
「君は俺が飼ってた犬に似てるんだ〜。ウチのはゴールデンレトリバーだから見栄えは似てないんだけど。
何というか、持ってる“空気”みたいなものが似てるんだよ。家出しちゃったみたいで帰ってこないんだけどね・・・」
カオルは寂しげな笑みを浮かべたまま、犬を撫で続けた。
「あ、そろそろ麻酔が切れて歩けるようになってるよ。気をつけて帰ってね。」
「カオル先生、ありがとうございます。」
ユタカは犬を率いて、カオルの病院を後にした。
そしてさっき犬と出会った場所へと戻ってきた。
「・・・あ〜!ヤバい!オレ、学校行かなきゃ!・・・もう怪我するなよ!じゃあね!」
ユタカは犬をその場に残したまま、学校へ向かって走っていった。