「じゃ、やり直〜し。」
獣医はもう一度注射薬をセッティングし、にっこりと笑って反対側の後ろ脚に射した。
「きゃうんっ!」
「は〜い、大成功!」
「はぁ・・・」
獣医は麻酔の効きを確認してから消毒し、縫合を始めた。
犬はその様子を見ないように顔を伏せて耐えている。
ユタカは犬の頭を撫でながら、獣医の仕事っぷりを見つめていた。
ヘラヘラしていた獣医が真剣な表情で傷を縫う姿を見て、ちょっとかっこいいと思ったのだった。
「はいっ、終了〜。よく頑張ったね。2、3日はあまり激しい運動しちゃダメだよ。わかった?」
獣医はユタカにではなく犬に向かってそう言った。
「それと。いくら子犬を助けるためだからといって、無茶しちゃダメだよ。」
「え・・・?」
こいつが怪我した理由、オレだって知らなかったのに・・・この人・・・
ユタカは、カルテを記入する獣医を見つめたまま、ただただ唖然とした。
「じゃ、今日はね、5800円ね。」
「高っ!・・・ちょっと待ってください、今財布探しますんで・・・ってあれ?」
ユタカはカバンの中を漁ったが、朝カバンに入れたはずの財布が見当たらない。
「おかしいなぁ・・・あ、もしかしてさっきコケた時に落としたのかも・・・」
「君ねぇ、いくら高いからといってねぇ、嘘ついちゃダメだよ〜。」
「いや、嘘じゃないよ!?・・・今から探してきます!」
「逃げようったってダメだよ、ダ〜メ!それにさぁ、彼はどうすんのよ。彼、まだ麻酔抜けてないから動けないよ?」
「あ〜っ、もぅっ、必ず迎えに来ますから!とにかく財布・・・あれなくなったら困るもん!」
ユタカは獣医の言葉を待たず、動物病院を飛び出していった。
財布を落とすなんて、あの時しか考えられない。
ユタカは犬と出会った場所まで猛ダッシュで走っていった。
さっきの地点に到着したが、財布は見つからなかった。
足元でカサカサと音がする。
ユタカは音のする方に視線を落とした。
「あ・・・」
小さく丸まった紙屑を拾い上げ、広げる。
「これ・・・オレが昨日スーパーで買い物した時のレシート・・・?!
家計簿つけるために財布に入れてたのに・・・財布盗まれちゃったんだ・・・」
ユタカはトボトボと動物病院へと戻った。