ヨウイチ、ユタカとテツヤは、誰もいない長い廊下を駆けていく。
「ヨウイチ兄ちゃん、何でこの階だと思ったの?」
「エレベーターのところにあった各階の案内表、この階だけ『改装中』と書いてあるんだ。
この会社の技術者が姿を消したというタレコミがあって数ヶ月前から時々偵察していたけど、改装業者が出入りする様子はない。
社員に聞いても改装について詳しく知らないようだったし、この階に何か深い意味があるんじゃないかと思ったんだ。」
「さすが刑事だな。」
「まぁね、これでユタカ食わせてるんだから・・・ユタカ?・・・ユタカがいない・・・」
たしかにヨウイチとテツヤの後を追うように走っていたはずのユタカが忽然と姿を消していた。
「ユタカ!」
テツヤが呼ぶも返事はない。
「人質に捕られたかもしれないな・・・
さっきユタカが質問していた辺りからここまでの数十メートルの間に隠し通路があるかもしれない。戻るぞ。」
ヨウイチが急いでバックしようとした。
「まぁそう慌てんなって。」
テツヤがヨウイチの肩をグイっと掴んで引き止める。
「何をするんだ?弟の一大事なんだぞ?」
ヨウイチはテツヤに詰め寄った。
「そういうのは俺の専門分野なんだぜ?」
「専門分野って何だ?オイ・・・お前、一体何者なんだ?ユタカを危ない目に遭わせてどういうつもりだ。」
問い詰めるヨウイチをそこに残したまま、テツヤはゆっくりと元来た道を戻り始めた。
鼻をピクピクと動かしながらゆっくりと辿っていく。
「・・・ここ。ここでユタカの匂いがしなくなった。」
「お前まさか本当に・・・」
「信じるか信じないかはお前次第だがな。」
「・・・どけ。」
ヨウイチはテツヤを手で軽く押し退け、消火ホースが収納されている小さなドアを開けた。
その奥には長い通路が続いていた。
「ほぉ、それが刑事の“嗅覚”ってヤツか。」
「・・・行くぞ。また匂いが途絶えたら報告しろよ。」
「ああ。わかってる。」
ヨウイチとテツヤは身を屈めて中に入り、通路を進んでいく。
隠し通路の左右には、同じ型のドアが規則的に並んでいる。
部屋名や部屋番号も表示されていないうえ、ドアに窓がついていないため、この部屋が何のために使用されているか計り知れない。
いつどこから敵が飛び出してくるかもわからないので、自然と歩みが遅くなる。
通路の半ば辺りでテツヤがピタリと足を止めた。
「ヨウイチ・・・この辺だ。」
「・・・右か左かどっちだ?」
「・・・こっちだ。」
テツヤは左側のドアを指差した。
「開けるぞ。」
ヨウイチがドアノブに手をかけて捻ると、それは何の手応えもなく回った。
「あ、開いてんのかよ・・・かくれんぼの割には杜撰(ずさん)じゃねぇか。」
テツヤが呆れたように呟く。
「いや、ただのかくれんぼじゃない。要は、おびき寄せて、まとめて始末したいんだろうな、俺たちを。」
「ちっ・・・わかったよ・・・行ってやるよ、手の鳴る方へ、な。」