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「あ〜、くそ、空振りだったか・・・」
「問い合わせも予約もせず飛び込みで行ったから、仕方ないかもしれませんね・・・」

ゲイツビルの階段を降り、外に出る。
酒井と安岡の会話から、俺はひとり、考えを巡らせていた。

「北山、どうした?」
「あ、いや、別に・・・」
「そうか?ならいいんだが。っと、今何時だ、うわぁっ?!」
「きゃっ!」

どうやら歩道に突っ立ってカバンの中を漁っていた酒井が通行のジャマだったらしい、後ろから走ってきた女性と盛大にぶつかってしまった。
路上に落ちた酒井のカバンからは中身が飛び出し、辺りに散らかっている。

「す、すいませんっ、私慌てちゃってて・・・おケガは・・・?」
「あっ、いや、こちらこそ急に立ち止まってしまって・・・あ・・・。」

女性は酒井の私物を拾ってカバンへと戻してくれているというのに、一方の酒井はというと、女性の顔を食い入るようにボ〜ッと見つめている。
いや、見とれている・・・?

見るに見兼ねて、酒井の顔の前で手を広げて小さく振ってみた。
が、そこに手なんか存在しないように女性に見入っている。

「ホントすいませんでした・・・。では、急いでいるので、これで・・・」
「・・・あ、大丈夫です。彼はこちらで何とかしますから。」

女性のコトバに、ココロここにあらずの酒井に代わって俺が返事をした。
女性は深くアタマを下げると、再び足早に去っていってしまった。

「・・・酒井先生、大丈夫です・・・?」

安岡が酒井の顔を覗き込む。
が、反応はなし。

「・・・ダメだこりゃ。」
「そうみたいですね・・・」

と、しばし顔を見合わせていたら、足元でカサカサという音がした。

クシャッと丸められたチラシだ。
誰かが捨てたのだろう。

「・・・ん?」

よく見ると、「霊の力でウンヌンカンヌン」と書かれている。
おもむろに拾い上げ、それを広げた。

「あ、あの霊能者の。・・・明日、明後日の1泊2日・・・土日を利用したセミナー、か。参加申し込み期限はとっくに過ぎちゃ・・・」
「なるほど。よし。じゃあそのセミナーとやらに3人で乗り込むとするかな。」

俺が読み上げるチラシの内容に反応したのは、ようやく正気に戻った酒井だ。
いや、乗り込むとか言い出すなんて、まったくもって正気じゃない。

「いや、人の話聞いてる?!締切過ぎてるって言ってるでしょ?!」
「そんな生ぬるいこと言ってる場合じゃないだろう?現(げん)に安岡の友達もいなくなってるワケだし。
ほら、さっきの刑事も言ってたじゃないか、行方不明者が続出してるって。」
「いやいや、そうでしょうけど!向こうのテリトリーに入ることがどれほど危険か、アナタわかってな・・・」

あまりに無謀な案を推し進めようとする酒井に反論していたちょうどその時、俺のポケットの中の携帯が「長七郎江戸日記」のテーマを奏でた。

あ、この曲は・・・
この人から電話がある時はロクなことがないんだよな・・・
嗚呼、ヤな予感・・・不吉なニオイ・・・

「・・・出なくていいのか?」
「はい・・・出ますよ。・・・もしもし?」
『あ、陽一?俺だよ〜、兄さんだよ〜♪』

このノーテンキな声を聞くだけで、電話の向こうのノーテンキなヘラヘラ笑顔が目に浮かんでくるよ・・・!!

「はいはい、知ってます。携帯のディスプレイにしっかり名前出てますし、血を分けた、しかも一緒に育った兄弟の声は決して忘れないです。」
『何だよぉ〜、片っ苦しいなぁ〜!あ、そうだ、あのさ、今さっきさ、東京出て来たんだけどさ〜、』
「はい、それは結構なこ・・・えぇっ?!東京?!き、聞いてないよ?!」
『当たり前だよ、だってお前に言ってなかったもん。』

サラッと返されちゃったよ・・・!

「いや、でも兄さん、書道教室あるでしょ!先生がいないと生徒さんたち困るでしょ!」
『心配しなくても大丈夫だって。今ちょうど冬休みで、ウチの教室もお休みなんだよ〜。』
「ふ、冬休み?!」
『1週間休みあるから、その間東京でた〜っぷり過ごすつもり。これがホントの“東京1週間”!なんちゃって!
あ、今日から泊めてね!って聞いてる?』
「いやいやいやいやいや!今日からって!急に言っ・・・」
『泊まるぐらい別にいいだろ〜?!ホテル代だってもったいないし、ほら、お前んち広いんだから!』

“広くない広くない!”と言いそうになったコトバを、グッと飲み込んだ。

“マジックでギャラがっぽがっぽ。順風満帆な人生を送ってる”
両親を早くに失ったことで若干過保護気味の兄さんに心配をかけないように、と口から出まかせで言った俺のコトバ。
その全てを、兄さんはすっかり真に受けてしまっているのだ。

しかし現状は、ボロい木造2階建てアパートに住んでて、家賃3ヶ月滞納中だ。
そんなとこに住んでるなんてバレたら、“一緒に田舎へ帰ろう!”って説得してくるのは目にも明らかだ。

「いや、マジで困・・・」
『というワケで今東京駅の〜・・・何だろう、ここ。大丸?大丸で時間つぶして待ってるから!早く迎えに来て!じゃ!』
「いや、ちょ、待っ・・・」

プツッ。ツー、ツー、ツー・・・

切れた・・・切れちゃったよ・・・
すぐさまリダイアルを押したが、「電源が入ってないないか、電波の届かない・・・」というアナウンス。
あ、あり得ない・・・あり得ないっ、あんな人が自分の兄なんて!

・・・っていうか。
どうしよう、1週間泊めてあげれるような豪邸なんて1日で用意できないし!

「さっきからどうしたんだ?電話切ってもまだブツブツ呟いて・・・。」
「・・・あ。」
「ん?どうした?」
「あの・・・100万円200万ポ〜ンと出せるってことは・・・もしかして家も豪華だったりします・・・?」
「へ?あぁ、まぁ、マンションだが結構部屋デカいかな?」
「すいませんっ、あの、そのセミナーの件 引き受けますんで、そのかわりひとつお願いがあります!」

 

 


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