ビルの階段を上がると、その霊能者の事務所の前を行ったり来たりしている不審者がいた。
「・・・何やってんだ、この人は・・・」
酒井の声に反応して、不審者がこちらを振り返る。
「あ?何や?」
サングラスをかけたイカつい男。
大阪弁のイントネーションがちょっと変な気がする・・・。
「不審人物・・・?」
「はぁ?!俺のどこが不審人物やねん。」
「警察に電話かけましょうか・・・」
安岡が携帯を取り出したところで、男が「ちょっと待ちぃな!」と叫ぶ。
男はロングコートの内ポケットから黒い手帳を取り出し、一瞬開いてみせたかと思うとすぐに畳んでポケットへ戻した。
「俺、警察やっちゅ〜ねん!」
「え?!警察?!」
「そやそや、刑事や。職務質問する方の人間やがな。やのに何でか
わからんけど、よ〜ぅ職務質問受けんねん。
・・・ま、そんなことはどうでもええねん。お前らここの関係者か?」
「まさか。」
3人同時に首を横に振り否定すると、その刑事は眉間にシワを寄せた。
元々イカつい顔がさらにコワモテになる。
「ほな、何や?」
「どんなもんか、様子を窺いに。」
「お前ら素人が遊び半分でこんなウサンくさいとこに足突っ込まんほうがええぞ?」
「何でです?」
「『何でです』も何もあらへんがな。ココの被害者とか家族とかがすでに何人か警察に詰めかけとる。
・・・さて、そろそろ疲れてきたから大阪弁やめていいか?」
「え・・・?!どういうことですか、それ・・・」
「大阪弁の方が迫力があるだろ?だから初対面の人間とホシ(犯人)には大阪弁を使うようにしてんだよ。」
「はぁ・・・」
刑事とは思えない風貌に、発言の数々。
こんなのが日本の秩序を守ってるのかと思うと不安になる。
「お、そうだ。中には誰もいねぇぞ?」
「あ、そうなんですか?」
「おぅ、鍵も閉まってるし、新聞受けから覗いても明りは点いてねぇ。電気のメーターも回ってないしな。」
試しにドアのノブを回して押したり引いたりしてみたが、ビクともしない。
新聞受けから様子を窺ったが、刑事が言うとおり人の気配は全くない。
「どうします?いないみたいですけど。」
「困ったな・・・。出直すか?」
「・・・おや?お客さまですか?」
背後から現れたのは、人のよさそうな50才代ぐらいのオジサン。
「あんたがここの霊能者かいな?」
刑事がまたヘンな大阪弁に戻して男に尋ねた。
「いえ?私はここで『先生』のお世話をしている者です。あの、ほら、受付とかね。・・・で、みなさんは今日はどのような用件で?」
「俺は警視庁捜査1課の村上や。」
村上と名乗った刑事が、警察手帳を提示する。
が、またしても一瞬でふところへと戻した。
何か見られたくないモノでも載ってるのか?
まさかニセモノの手帳だったりしないよな・・・?
「・・・警察の方が何のご用でしょう・・・?」
ヤバい、警戒している!
ガードを固められたら、困る。
何とかしないと・・・
俺は横から口を挟んだ。
「いえ、この人は刑事さんらしいですけど、ボクたち3人は先生に見ていただこうと思いまして。ベツクチです、ベツクチ。」
「そう、ですか・・・。先生は、今はこちらにはいらっしゃいません。お忙しい方ですからね。
わざわざ足を運んでいただいたのに、申し訳ありません。・・・また改めてお越しいただけますか?」
刑事という仕事もヒマではないらしい。
村上は「・・・わかった、ほな、また来るわ。」と言い残し、足早に去っていった。
「じゃあ俺らも出直すとするか。」
「そうだね、仕方ない。」
「そうするしかなさそうですね・・・。」
「ではまたお越しくださいませ。」
事務所に背を向けた俺たちを、男が深々とアタマを下げて見送った。