安岡とともに、年季が入った酒井のクラッシックカーの後部座席に乗り込んだ。
「よし、では出発っと。」
ブロロロロンと古きよき時代のエンジン音を響かせながら、車は発進する。
「ねぇ、安岡くん。」
「はい、何ですか?」
「その同室の友達のこと、詳しく教えてくれないかな?何の情報もなく行くより、事前に詳しく知っておいた方がいいと思うんだ。」
「おお、そうだな。俺からもゼヒ頼む。」
「・・・はい、わかりました。」
安岡は深刻な表情を浮かべ、語り始めた。
「俺も彼から話を聞いたのはごく一部で、探し出す参考になるかはわからないんですけど・・・。
彼の父親は小さな会社を経営していて、その会社がこの不景気の影響で経営状況が悪化していたらしいんです。
本人は大学を辞めて今すぐにでも実家の手伝いをしようとしたんですけど、父親がそのことに反対で。」
「ああ、『大学は卒業しろ』というワケか。」
「ええ。その上、母親が病弱で今入院中だそうで・・・かなり思い悩んでました。俺も時々彼の話聞いてやったりして。
今から1ヶ月ぐらい前ですかね、寮の部屋に戻ってきた彼の表情がいつになく明るかったんで、『何があったの?』って聞いてみたんです。
そしたら、たまたま道を歩いていた時、霊能者と語る男が突然彼の腕を掴んで、『不吉な影が見える』って言ったと・・・」
インチキ占い師やインチキ霊能者によくある手口だ。
暗い表情で街を歩いていたら、何かしら悩みがあるに決まっている。
「そのまま、その霊能者の事務所に連れて行かれて、何やら怪しげなお守りのようなモノを買わされたらしいです。
結構な値段だったそうですが、買ってすぐに父親の会社の資金繰りがよくなった、って。」
「・・・効いた、ってことか?」
「さぁ・・・そこはわかりません。本人はすっかり信じ込んでたみたいですから。」
安岡の言う「お守り」のチカラがホントにしろウソにしろ、買ってすぐにとは・・・。
にわかに信じがたい話だ。
「北山。Youはどう思う?」
「いや、まだ何とも・・・」
「・・・そうか。」
クルマは、繁華街の片隅にある雑居ビルの前でピタリと止まった。
「ネットの地図で調べたところによると、恐らくこのビルだと思うんだが。」
「あ、『ゲイツビル』って書いてありますね、ココの2階です。」
「降りますかね。」
「待って。」
クルマを降りようとするふたりを俺は止めた。
「どうした?」
「安岡くんは今、所持金は?」
「え、あ、何で・・・」
「学生だからそんなに持って歩いてないよね?」
「ええ。今で6000円ぐらいですかね。」
「そっちのアンタは?」
「『アンタ』じゃなく『酒井』と呼びたまえ、『酒井』と。・・・俺は持ってるぞ、なんてったって金持ちだからな。」
酒井はそう言いながらオードリー春日並みに胸を張ってみせた。
「・・・それは知ってますから・・・。で、いくら?」
「今持ってるのは30万ぐらいだな。」
「さっ・・・?!あっ、いや・・・あの〜、そのお金、クルマのダッシュボードに置いていってください。」
「はぁ?何でそんなことしないといけないのだ?」
「俺に金を100万払うだ200万払うだ・・・あなた間違いなく経済観念がゆるいでしょ。
それに人の言うことを簡単に信用するし。そういう人はね、す〜ぐだまされるんですよ。」
「なっ、何だとぉ〜っ?!」
なんせ、昨日俺のマジックを超能力って信じ込んでるぐらいだからな。
霊能者が何かそれなりのトリックで引っかけたら、オンナにモテるお守りのひとつやふたつ・・・いや、ケースでオトナ買いしてしまいそうだ。
「早く置いていってください。詐欺に遭わないために!」
「Youは俺をバカにしてるのか!」
俺と酒井のやりとりに安岡が噴き出し笑いしている。
「置いてかないと俺、この件から降りますよ?」
「くっ・・・くっそぉ〜・・・」
俺が脅しをかけると、ようやく酒井は財布を取り出しダッシュボードに収納した。
「・・・はい、これでいいのか?これで。」
「いいでしょう、行きましょう。」
クルマから降り、目の前にあるビルの2階の窓を見上げる。
内側から貼られたポスターには、その霊能者らしき男の顔写真と、『霊能占術』『霊視で明るい未来を切り拓く!』という文字がデカデカと載っている。
・・・ああ、見るからにインチキくさい。
『この世に超常現象は存在しない。超常現象と呼ばれるものには、すべてタネと仕掛けがある。』
親父のコトバを心の中で今一度復唱し、ビルの中へと入っていった。