翌日、少ない所持金から電車賃をカツカツ捻出して、再び酒井の研究室を訪れた。
「・・・あぁ、Youか。入りたまえ・・・。」
俺を迎え出た酒井の顔は・・・明らかにやつれている。
目の下のクマが痛々しい。
一睡もしなかったのかもしれない。
昨日と同じように定位置に戻った酒井の前に歩み寄ると、散らかった事務机の上に1通のダイレクトメールが置かれているのが見えた。
「あ、『いい知らせ』、届いたみたいですね。」
「うわっ、何見てんだ、何を!」
酒井は結婚相談所から届いたダイレクトメールを引き出しの中にさっさと仕舞い込んだ。
「で?トリック、解けました?」
「・・・・・・」
「解けなかったでしょ?当然です、俺の持つ力にトリックなんてないですもん。」
「・・・仕方ない・・・約束のモノは別室に用意してある。そちらで受け渡しを行おう。ついてきてくれたまえ。」
よし、ようやく観念したか。
ちょろいもんだな。
「では、こっちだ。」
「はい。」
ここじゃ渡せないってことは、現金で100万円用意してあるってことか。
これで滞納した家賃払える・・・っていうか、100万円もあったらあのボロアパートからもっといい部屋に移り住めるじゃん。
ってそれは無計画すぎるか。うん、無計画だよね。
酒井に連れてこられたのは、研究室の隣にある準備室。
研究に使う文献やら、シャーマン的な職業の人が儀式で使いそうなウサンくさいお面やら衣装やら・・・
昨日金目当てで集まってた連中よりあんたの方がよっぽとウサンくさいじゃんと思ったが、もらうモノをきっちりもらうためにそれは言わないでおく。
「あっ、先生。」
準備室の片隅に小さな応接セットが置かれていて、そこにひとりの青年が腰かけていた。
青年は、俺たちの姿を見るなり立ち上がって深々とお辞儀する。
なかなか礼儀正しい青年だな。
「安岡、待たせてすまなかった。」
「いえ、こちらこそ・・・」
「座ろうか、諸君。」
『諸君』って・・・何だかなぁと思いつつ、酒井の指示に従って、安岡という青年の向かい側の席に酒井と並ぶようなカタチで腰を下ろした。
「彼は安岡、ウチのゼミの学生だ。こちらは・・・そういえばYouの名前を聞いていなかったな。」
「・・・どうも、北山です。」
「はじめまして、北山さん。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく。」
初対面のあいさつが済んだところで、酒井がポンと手を打った。
「さて。金を払う前に、北山、だったか?に
やってもらいたいことがあるのだが。」
「はい、何でしょう?」
なんせ報酬100万円だからな、ご希望とあればマジックの追加サービスのひとつやふたつ、お安いご用だ。
「安岡が住む学生寮の同部屋の男子学生が消息を絶ったらしい。
どうやら消息を絶つ寸前に怪しげな霊能者のところへ行ったようなのだ。
そこでだな、ここにいる3人でその霊能者に接触し、その学生を救出しようじゃないか。と、まぁこういうワケだ。」
「は・・・?え・・・な、何でっ、俺、関係ないじゃ・・・」
「昨日透視見せてくれたじゃないか。Youのその超能力を使ったらたやすいことだろう?」
「超能力って・・・!!」
ないよ、そんなもの!お前信じすぎだろ!
「と、とにかくっ、俺をヘンなことに巻き込まないでください!
あなた、そういうインチキを見破るのが仕事でしょ?!自分たちで行ってくださいよ!」
「それがすべて解決したら、ちゃ〜んと100万やるから。100万円が安いんなら、増額するぞ?倍・・・倍ならいいのか?ん?」
ば、倍・・・!
に、200万・・・!!
それはほしい!ほしいに決まってる!
「・・・ホントに、倍・・・もらえるんでしょうねぇ・・・?」
「ああ、約束する。」
「せ、先生・・・大丈夫なんですか?」
真顔で誓う酒井の顔を、安岡も心配そうに窺っている。
「ああ。俺は金だけは持ってるからな。」
「・・・わかりました。その話、乗りましょう・・・。」
「ホントか?!いやぁ、すまんな!ありがとう!ありがとう!」
いきなり握手されて、感謝の意を伝えられた。
安岡もホッとした表情で「ありがとうございます」と頭を下げている。
ま、俺としてはもらえるモノをキッチリもらえればいいだけだし。
それよりも何よりも、超能力なんて持ってないから、そんな感謝されてもな・・・。
「では、今から早速その霊能者の元へ行こう。クルマは俺が出す。」
「助かります。」
「ん?何か言ったか?北山。」
「いいえ?」