すっかり俺のウソを信じ込んでる様子の兄さん。
そしてうまく友達のフリをしてくれるものの、時々『設定』を忘れて部屋を我が物顔で行き来する酒井の間に挟まれ、気が気じゃない時間を過ごした。
兄さんが風呂に入っている時に、酒井が俺の前にやってきた。
「さっきYouのお兄さまからの電話があったりしてちゃんと話せなかったな。話の続きをさせてもらっていいか?」
「ええ、どうぞ。今回部屋を借りたりお世話になったから・・・」
「助かる。」
「いえ、こちらこそ・・・。」
律儀にお辞儀をして礼を言う酒井に、俺もつられてアタマを下げる。
「あのチラシを元に、セミナーが開かれる場所なんかを安岡とふたりでネットで検索をかけてみたんだ。
東京から電車とバスを乗り継いで2時間半ほどのところにある山奥の施設のようだが・・・どうやら数年前に結成された宗教団体の所有地らしい。
それに・・・そこで主催されているセミナーに参加した者は、必ずと言っていいほど消息を絶ってしまって、連絡も取れなくなるらしい。
たぶん安岡の友達も、それに参加したんじゃないかと思われる。」
「なるほど。」
「で、だ。俺とお前と安岡の3人でそのセミナーに侵入し、安岡の仲間を救出する・・・っと、まぁ、こんな段取りだ。」
「・・・危なくないの?最悪俺たちも戻れなくなるなんてことは・・・」
「お前さんのチカラがあれば、何とでもなるだろう。」
いやいや!過信しすぎだから!
そもそも俺そんなチカラないし!
「その間、君の兄さんにはこの部屋を自由に使ってもらって構わないから。な?」
そうだな。兄さんにボロアパートのこと、バレないんだもんね。
それに・・・怪しげなセミナーのやってることぐらい、超能力がなくてもカンタンに見破れそうな気がする。
「わかった。」
「明日は10時に安岡と待ち合わせしている。頼むぞ。」
「OK。」
その後、兄さんは風呂から上がるやいなや、まだ夜9時だというのに早々に爆睡してしまった。
ホント、何しに来たんだ、東京へ・・・。
時間を持て余した俺は、普段は(金銭的な意味で)飲まないようにしている酒を酒井に勧められるまま飲み、ふたりでいろんなことを話した。
今回の安岡の友人の一件や、仕事の話、お互いの悩みにいたるまで。
出会って間もない相手だが、聞いてもらうだけで随分と気分がラクになった気がした。
翌朝、兄さんが作った朝食を3人で食べた後、俺は兄さんに声をかけた。
「兄さん、あのさ、」
「・・・ん〜?」
兄さんは遠路はるばるわざわざ持ってきた書道の道具を広げて、真剣な面持ちで半紙に字を書いていた。
書き終えて乾かしている最中の半紙に視線を向ける。
『毎日がカレーの日』
『スパイスは隠し味やない』
『カリーは工房でなく厨房で作れ』
『投げキッス』
・・・どういう意味なのかよくわからないが、そんなどうでもいいことは置いといて、話を進めることにした。
「俺と酒井ね、今日からしばらく家を空けるんだよ。あの〜・・・酒井の研究の手伝いで。」
「・・・え〜、そうなんだ?ごめんね〜、そんな時に『泊めて』って言っちゃって・・・」
聞く耳持たなかったクセによく言うよ・・・と内心呆れつつ、俺は話を続けた。
「ううん、いいよ。俺たちがいない間、この部屋、好きに使ってくれて構わないから。
スペアキー渡しとくから、実家帰る時に郵便受けに入れといて。」
「うん、わかった〜。」