ついに文化祭での発表当日。
黒沢は忘れずちゃんとTシャツを持ってきてくれた。
乾いたTシャツはなかなかカッコよくて、まさにヒョウタンからコマだ。
他のメンバーは手渡された黒Tシャツに驚いていたが、昨日の墨汁事件は俺たち5人だけの秘密ってことでうまく誤魔化しておいた。
みんなにヘンな動揺を与えたくなかったからだ。
つまらないことで大事な演奏に支障をきたしたくないしね。
楽しく演奏。これが俺たちの基本だから。
もうすぐ俺たちの出番。
会場となる体育館の舞台袖に、黒いTシャツを着てメンバー集合。
点呼もOK、ちゃんと全員いる。
北山と酒井以外のメンバーは各自折りたたみイスと楽器を持って出る。
準備は揃った。スタンバイOKだ。
今、どっかのクラスがつまんないコントをやっている。
次は俺たちの番。正直、俺たちの前で盛り下げるのはやめてほしい・・・。
でもそんな逆境も、今の俺たちにとっちゃどうってことない。
「次は、ジャズ部によるジャズコンサートです。どうぞ!」
文化祭の実行委員の呼び込みで、まず酒井が登場。
ドラムセットに座り、リズムを刻み始める。
舞台袖からそっと様子を窺う。
観客は皆「何でひとりしか出てこないの?」ってカンジで、アタマの上に3つほどハテナが浮かんでる。
それで客を惹きつける作戦だ。
次に北山が出て、酒井のドラムのリズムに合わせて鍵盤を叩く。
だんだんジャズっぽくなってきた。
「よし!いくぞ!」
先頭の俺がキューを出し、列をなして行進。
各自ポジションに向かって進んでいく。
音をたてないようにイスをセットし、そこに座り・・・
楽器を構え、ドラムとピアノだけだったメロディに飛び込もうとした瞬間。
会場の全ての明かりが・・・一斉に消えた・・・。
ざわつく会場。
いや、驚いているのは観客だけじゃない。俺たちもだ。
だって・・・そんなの誰にも頼んでいない!
「消えた・・・?」
「・・・まさかまたあいつがっ・・・?!」
黒沢の呟きに応えるように、村上が一度構えた楽器を下ろし立ち上がろうとする。
「待って!」
俺は小声で村上を制した。
「村上、続けて。」
「や、でもっ・・・!」
「みんなも・・・普通に、演奏始めて。見てよ・・・これ、結構いい演出なんじゃない?」
「安岡・・・」
明かりが消えた体育館。
窓から差し込む西陽が、舞台上の俺たちと客席をオレンジに染める。
その光景が、オジチャンが見せてくれた、日に焼けた名盤のジャケットのようで・・・すっごくカッコよくない?
「安岡の言うとおりだよ。照明がなくたって、ダイジョウブ。俺たちには音で楽しませる力があるでしょ?」
笑顔を浮かべた北山が、ピアノを弾く手を休めることなくそう言った。
「・・・だな。」
村上もようやく笑顔を浮かべ、トランペットを口に当てた。
ドラムとピアノだけだったメロディに管楽器が加わり、ざわついていた客席がようやく静まる。
メロディに乗せてカラダを揺らし、演奏する。
観客がグッとこちらに惹きつけられてきていることが、気配でわかる。
1発目の曲が終わり、客席からは割れんばかりの拍手が起こる。
その大きな反応に、一瞬不安の色が交じっていたメンバーの表情が綻んだ。