あとの演奏者に迷惑がかからないように、後ろの扉から静かに入場して、村上の横の空いた席に4人で座った。
「村上っ。」
俺たちが来たことに気づいた村上は、ちょっとムッとした表情を浮かべる。
「来てくれたんだね。」
「・・・ちげぇよ。バイト先の店長に連れて来られてさ、『ここで待っとけ』って言われて、そのまま放置。」
さも不本意といった様子でそっぽを向く村上は、ぼそっと「けど、うまくなったな、お前ら」と続けた。
「あっ、ありがとう・・・」
北山が はにかみながら礼を言う。
「この後、俺たちの師匠が出てくるから。村上も一緒に見て帰ろう。」
酒井のコトバに、村上が席を立とうとする。
「いや、もういいや。店長の携帯に連絡入れてみねぇと。」
「では次が最後となります。もうこのフェスティバルではおなじみとなりました、ジャズバンド『Moon Glows』のみなさんの登場です!」
司会者のオバサンの紹介で現れたメンバーは・・・5人。
オジチャン、お米屋さん、散髪屋さん、マスターに・・・知らない人。
手には・・・トランペット。
「お〜ぅ、哲也〜!まだ帰んなよ〜!帰るんなら俺の演奏を聴いてからにしろ〜!」
その人はトランペットを振り上げ、帰ろうとしていた客席の村上に向かって呼びかけた。
「・・・て・・・店長?」
立ち上がりかけた村上が、脱力するように再び腰を下ろす。
そうだ・・・俺も、たしかに見覚えがある。
村上のバイト先に行った時、村上と一緒にお客さんにお辞儀していた、あの人だ。
事情が掴めない他の3人は「あれ?『Moon Glows』って5人組だったの?」などと話している。
お米屋さんのカウントとともに始まった演奏は、今までの出演者と段違い、いやケタ違いのうまさだった。
楽器が感情を持ったみたいに、アップテンポな曲は陽気に、スローな曲は寂しげに聴こえる。
「・・・君たち、彼らの知り合いかい?」
村上の反対側の隣に座っていたオジサンが、小声で村上に尋ねてきた。
茫然とステージを見つめる村上の代わりに、俺が「あの人たちにジャズ教えてもらってるんですよ。」と答えた。
「それぞれに仕事を持っているようだが、彼らはみな才能あるミュージシャンだよ。
ライブハウスなんかでも満員になるほどの人気があるのに、毎年こんなちっぽけな演奏会に出てるんだよ。」
「そ、そんなに有名な人たちだったんですか・・・?」
「ああ、そのスジじゃ結構有名だね。」
「へぇ〜・・・」
「俺は彼らが結成した頃にこのフェスティバルの演奏会で知った。
それ以来すっかり魅了されてね、俺も毎年この演奏会に足を運んでるんだよ。」
そんな有名な人に簡単に「教えて」だのなんだの言っちゃったんだ?!
そのうえ、そんな有名な人に「オジチャン」呼ばわりだし!
なんというか・・・無知って恐い。
イマサラだけど、ドッと汗が噴き出てきたよ。
でも「Moon Glows」の演奏は、隣のオジサンが言うとおり、ホントすごくて。
各ソロパートもバッチリ決めるし、長年一緒にやってるからかな、息もぴったりで。
自分のオヤジなんかより年上なのに、シブくて・・・超カッコイイ。
きっと他の4人も考えてることが一緒なのだろう、食い入るようにステージを見つめ、曲に耳を傾けている。
最後の曲が終わると、俺たちの時とは比べ物にならないぐらいの拍手の渦に巻き込まれた。
俺たち4人もスタンディングオベーションで、オジチャンたちに拍手を送る。
少し遅れて、村上も立ち上がり一生懸命拍手を送っている。
村上も、感動してるみたい。なんか、俺もうれしい。
司会者が締めの言葉を言い終え、演奏会が終わったのを見計らって、俺たちは舞台袖へ走った。
もちろん、村上の腕を引っ捕まえて、一緒にね。