結局、翌日からのバイト・・・いや、正確に言うと「労働力と指導の引き換え」だが・・・参加するのは俺と、北山・黒沢・酒井の4人。
オジチャンが加入しているバンド「Moon Glows」のメンバーは、みんなそれぞれに仕事を持っている。
俺たちは、各メンバーの仕事を交替交替で手伝い、その合間にジャズを教えてもらうのだ。
「Moon Glows」のドラムスはお米屋さん。
お米屋さん、仕事の合間にいつでも叩けるようにと、倉庫の片隅にドラムセットを常設してあるらしい。
この倉庫、「Moon Glows」としての練習場所でもあるんだって。
ピアノは散髪屋さん。
赤と青と白のグルグル〜が回ってる、古き良き理髪店。
店舗の奥が家になってて、そこにピアノが置いてある。
トロンボーンは喫茶店のマスター。
マスターは、お客さんがいない時にトロンボーンを吹いて時間を潰してるそうだ。
たまにお客さんのリクエストに答えたりなんかもしているらしい。
酒井はお米屋さん、北山は散髪屋さん、黒沢は喫茶店で、そして俺は引き続きオジチャンの店でマンツーマン指導をしてもらう。
オジチャンの店の定休日の夜にはみんなで米屋さんに集合し、合同練習だ。
「おお〜、酒井、ドラムすごくうまくなってる!」
「ホントか?いや、そう言ってもらえるとお世辞でもうれしいな。」
「お世辞じゃないよ!すごいよ!」
「酒井くんはホント上達早いね。練習は熱心にしてくれるし、教え甲斐があるってもんだ。」
お米屋さんも絶賛で、酒井は「いやいや・・・」と顔を赤くして照れている。
「彼は米を運ぶ姿も一番キマってるしな。」
米屋のオジサンのひとことでみんな大爆笑。
酒井はさらに顔を真っ赤にして「何なんすかもうっ!」っと突っかかっている。
場が和んだところで、オジチャンがポンと手を打ち、「さて。」と言った。
一斉にみんなの視線がオジチャンに集中する。
「来週の日曜に『市民サマーフェスティバル』というのがある。知ってるか?」
「あっ、子供の頃とか、よく行きましたよ〜。屋台とかいっぱい出るんですよね〜。」
黒沢がうんうんと頷きながら返事する。
「『Moon Glows』は結成した頃から毎年欠かさずサマーフェスティバルの演奏会に参加してるんだ。
で、だ。先方に頼んで君たちも今年の演奏会に出演させてもらうことになったから。」
「へぇ〜、そうなん・・・・・・えぇぇぇぇぇ〜?!」
思わず右から左へ受け流しそうになってしまった。
驚きのあまり、思い出したネタも古いし。
「しゅ、出演?!俺たちが、ですか?!」
オジチャンに聞き返す酒井の声も裏返っている。
「来週の日曜って・・・残り10日きってますよ・・・?」
普段冷静な北山も、かなり焦っているようだ。
「まぁ、君たちなら大丈夫だろう。だいぶカタチになってきているしな。」
オジチャンは余裕の表情でタバコを吸っている。
「オジチャン、それはいくらなんでも〜・・・」
「フェスティバルの運営に無理言って頼んだから、もう出演取り消しは効かんからな。
さ、というワケで来週の発表に向けて練習するぞ。」
「あ、は、はいっ!」
各自慌しく楽器を掴み、定位置につき、酒井のカウントを待った。