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その夜、黒沢から電話があった。

「酒井は毎日ゲームばっかりやっててヒマだから明日から来れるって。オジチャンの店の場所は伝えてある。」
「そっか、よかった!・・・で、村上は?」
「それが〜・・・バイト、忙しいらしいんだよね・・・『ムリだ』って怒られちゃった・・・」
「そっ、か・・・」

な〜んか、村上がツッケンドンに『ムリだっつの!』とか言ってる声とか、電話の向こうの表情まで浮かんでくるわ・・・。

「ごめんね〜、黒沢にそんな役頼んじゃって〜・・・」
「う〜うん。連絡、俺がした方が早いし、大丈夫。」

黒沢がヘラ〜っと笑ってる顔もアタマに浮かぶなぁ。

「で、村上どこでバイトしてるって?」
「●●町の駅前のガソリンスタンドだってさ〜。」
「そっか。じゃあ俺からも頼んでみることにするよ。」
「うん、そうしてくれると助かる〜。」

黒沢との電話を切った後、俺は家族に「ちょっと出てくる」と言って外へと飛び出した。
村上がバイトをしてるというガソリンスタンドに向かうためだ。

自転車を漕いで、真夏の夜の生ぬるい風を受けながら、暗くなった街を駆け抜ける。
駅前のちょっと栄えたエリアまで来てやっとスピードを落とし、人の波を掻い潜ってガソリンスタンドへ到着した。

「あ〜した〜っ!」

大きな感謝のあいさつの声が響き、その声のする方へ顔を向ける。
ガソリンスタンドの制服を着て、出ていくクルマに深々とお辞儀している村上がいた。

顔を上げ俺の姿が視界に入った途端、村上は露骨に眉を顰めた。

「悪趣味だな。覗きか?」
「そんなんじゃないってば!あのさぁ〜・・・」
「やらねぇよ。」
「ねぇ、ちゃんと話聞いてから返事してよ〜、。あのね、」
「黒沢が言ってたやつだろ?俺そんなヒマねぇし。」
「いや、でも空いた時間にでもさ・・・」
「できねぇってんだろっ!」

ものすごく大きな声で一喝されてしまい、俺は思わず黙り込んだ。

「なぁ、そのジャズっていうのやってさぁ、どうなるってワケ?ヘタクソが集まってさぁ、何になるってんだよ?」
「いや、あの、ゆくゆくはみんなで演奏会とか・・・」
「何で懲りねぇんだよ!あんな惨めな目に遭ったのに!」
「・・・村上・・・」
「俺らみたいなヘタクソな演奏なんていらねぇんだよ!誰も俺らの演奏なんて聞きたかねぇんだよ!」
「・・・・・・」
「まだ仕事中だから。早く帰れ。」

村上はそう言い放ち、新しく入ってきたクルマに向かって走っていった。
俺は、ただその背中を見送ることしかできなかった。

村上の言葉に何も言い返せない。

あの日、当日始めたばっかりの俺たちの演奏はひどいもんだった。
できないなりに頑張って練習して、何とか吹けるようにはなった。ただそれだけ。
俺たちの出来なんて、たかだか知れてる。

それに比べて、俺たちの後を引き継いで演奏した吹奏楽部の完成度とか、一体感とか・・・その差は歴然だった。
周りの応援団なんかの盛り上がりも全然違ったし。

野球部が負けるよりも一足先に、俺たちは負けた。
もともと買って出た勝負じゃなかったけれど、それでも負けたのは正直悔しかった。

二度とやるもんか、って思えたら気がラクだったかもしれない。
だけど俺は・・・演奏する楽しさを知ってしまった。

それは、音楽室の前でうろついていた黒沢も、ふたつ返事で参加表明した酒井も、恐らく俺と同じだったのだろう。

だから村上もきっと同じ気持ちだと思ったんだけど・・・どうやら俺の勝手な思い込みだったみたい。
村上は・・・楽しくなかったんだ・・・。


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