そんなこんなで、夏休みが終わるまでの間、毎日オジチャンの店に通い、お店の手伝いをする代わりにタダでサックスを教えてもらうことになった。
しょぼくれた小さな店なのに、どうやらそのスジ(ジャズ愛好家の間)では結構有名な店らしい。
いかにも『ジャズおたく』みたいな客が現れて、わかったような専門用語を並びたててひとしきり話すだけ話して、何も買わずに帰ったりとか・・・。
これで経営成り立つのかな、って心配になるけど、全国各地からレコードやスコアなどの取り寄せ依頼の連絡が入ったりもする。
俺は、買い手がついた商品を丁寧に梱包して発送する仕事をまかされることになった。
「その盤は希少価値がついてるから、しっかり梱包してくれよ。」
「5000円ぐらいですか?」
「25万だ。」
「にじゅっ・・・!?!」
「というのはウソで、ホントは5万円だ。」
「5万?!それでも高いっすよぅ!」
「はっはっはっ!高くても安くても、ちゃんとしたカタチでお客さまの手に届くようにな。みなさん、楽しみに待っていらっしゃる。」
「はいっ!」
空いた時間には、オジチャンからポンコツのサックスを借りて練習。
オジチャンがつきっきりでコーチしてくれている。
『バースのテーマ』で出てこなかった音階も吹けるようになって、最近は簡単なジャズの楽曲を練習曲に用いている。
「ふむ、なかなか上達が早いな。」
「ありがとうございますっ!」
「明日からもうちょっとレベル上げてみるか。」
「はいっ!」
翌朝、お店に向かって自転車を走らせていると、前に見慣れた背中の制服姿を見つけた。
「あ。・・・北山ぁ〜っ!」
俺が大声で呼び止めたら、北山は立ち止まってこっちを振り返った。
「ああ、安岡か。いきなり名前呼ばれてビックリしちゃった。」
「あ、ごめん・・・」
「いや、ダイジョウブ。」
「今から、部活?」
「うん・・・というか、今日これを出そうと思って・・・」
そう言って北山がカバンから取り出したのは、「退部届」と書いた白い封筒だった。
「えっ?!ちょ、待ってよ!辞めちゃうの?!」
「うん・・・。あの日からずっと考えてたんだけど・・・
うまいヘタどうこうはおいといて、今までの吹奏楽部の部活より安岡たちと演奏したあの時の方が楽しかったから。」
「北山ぁ・・・」
「もう未練はないよ。」
北山が部活を辞めることはショックだった。
音楽だってバッチリできるし。
だけど、その才能はあの部では発揮できてなかったんだよな。
あんなに教えるのだってうまいし、編曲だってできるって言ってたのに・・・
「・・・あ!!」
「ど、どうしたの?」
「北山!」
「は、はい・・・?」
「一緒に、ジャズ、やろ!ね!」
自転車を押して、北山と一緒に学校へ歩いた。
北山が退部届を出した後、ふたりで一緒にオジチャンの元へ向かうことにしたからだ。
学校への道すがら、俺はオジチャンとの出会いとか、オジチャンに教えてもらったことなんかを語った。
もう話したくて話したくてたまらないってカンジ。
それぐらい今が楽しくて仕方がないのだ。
一方的に熱く語る俺の話に、北山はイヤな顔ひとつせず耳を傾け、相槌を打ち、話を広げてくれた。
そうこうしている間に学校に到着した俺たちは、早速音楽室へと向かった。
音楽室ではすでに部活が始まっているようで、いろんな楽器の音色が学校中に響き渡っている。
緊張の面持ちの北山を横目で窺いつつ足を進めていると・・・
「あ・・・あれ・・・?」
音楽室のドアの前でうろうろ行ったり来たりしてるヤツが目に入った。
「あそこにいるの、黒沢じゃない・・・?」
「ホントだ・・・何やってんだろうね?」
俺と北山は気配を消して黒沢の背後にそっと歩み寄った。
「ん〜・・・イマサラ入部したいなんて言ったらヘンかなぁ〜・・・でもあの部長大キライだしな〜・・・んんん〜・・・」
「黒沢っ!」
「おわっ?!・・・あ、何だお前らか〜。ってあれ?北山今来たの?安岡は何でいんの?」
「・・・つ〜かアンタに言われたくないよ、挙動不審者・・・」
「あはっ・・・」
「・・・黒沢、吹奏楽部入りたいの?」
北山が早くも核心に迫る質問をする。
「いや、ん〜、入りたくはない、んだけどぉ〜・・・トロンボーン吹くの、楽しかったなぁ〜、なんて・・・」
「・・・あ、じゃあさ黒沢!」
「ん?何?」
「俺と一緒にジャズやらない?」
「ジャズ?ジャワカレーみたいなもの?」
「『ジャ』しか合ってないし・・・」