昨日みたいに見失わないように追いかける。
「待って、黒沢くん!待ってってば!」
ちゃんと目を開けて走ってるのか、黒ぽんは周りにいる人にぶち当たり何人もを薙ぎ倒しながら逃げている。
俺も負けじと、廊下にいる人を掻き分けながら、黒ぽんの姿を必死に追った。
どこまで逃げただろうか、この短い学校での生活で行ったこともないようなところも走り抜けたけど、それでもまだ追いつけない。
「待って!・・・待ってよっ!!」
意外と逃げ足速いな。
俺、結構脚には自信あるのに。
あ、そうか、俺はもう30過ぎてるけど、敵(?)はまだ十代だもんな。
いくら敵が黒ぽんとは言え(?)、追いつけないのかも。
・・・なんてくだらないことを考えていたからか、黒ぽんとの差は縮まるどころか少しずつ開いていく。
「・・・もうっ・・・ダメだぁ〜・・・っ!」
カラカラに乾いたノドから絞り出すように弱音を吐いた瞬間。
下を向いたまま走る黒ぽんの前に、偶然そこを通りかかったと思われるテツが立ちはだかった。
テツは、若手に稽古をつける横綱のように両手を広げて「うぉぃしょっ!」とか言いながら黒ぽんを受け止めると、そのまま腕(かいな)を返して黒ぽんを投げた。
「い、ったぁ・・・っ!」
「黒沢、何やってんの?安尾さんも。」
「・・・はぁっ・・・俺が昼誘ったら逃げちゃって・・・はぁっ・・・」
「あぁ、そうだったの?」
テツは倒れたままの黒ぽんに片手を差し出した。
「黒沢・・・昨日は、ごめん・・・悪かったな・・・」
「へ・・・?」
「安尾さんとメシ食ってやってよ。お前とメシ、食いたいんだって。」
「・・・」
黒ぽんはまだちょっと拗ねたように頬を膨らましていたが、素直にテツの手を掴んで立ち上がった。
「ほら、ぼ〜っとしてたら昼休み終わっちまうぜ?お前も安尾さんも昼メシ食いっぱぐれるぞ。」
「・・・俺も・・・」
「ん?」
「村上に謝らなきゃ・・・。ごめん・・・」
「・・・気にすんな。・・・な?」
「ごめん・・・歌、頑張れよ。応援してる。」
「・・・おぅ・・・ありがとな。お前も見に来てくれよ。」
「うん・・・」
「・・・じゃ、俺、練習あるから。またな。」
「あっ・・・むら・・・」
呼び止めようと思ってたのに、テツは黒ぽんより速い逃げ脚で去っていってしまった。
どうやらあまりしゃべったことのない黒ぽんから『応援してる』って言われて照れくさかったんだろうか。
「・・・行こうっか、黒沢くん。」
「うん・・・」
ふたりで食堂に向かって歩き出した。
やっと雪解け。
あとは、両者の背中を少し押すだけだな。
俺は、内心胸を撫で下ろした。