「そう言えば名前言ってなかったですね、俺、村上です。村上哲也。よろしく。」
「知っ・・・いや、あ、は、はい!よ、よろしく、ね・・・」
「事務員さんの名前は・・・?」
「安・・・安尾、だよ・・・」
黒ぽんの時と同様、下の名前は伏せといた。
「安尾さん!俺ね、学園祭でみんなの前でアカペラやりたいって思ってるんです。
高校生活最後の年だし、何か記念になること、したいんすよ。」
「て・・・村上くん。気持ちはわかる。でもそれならクラスメイトとかとやった方が・・・」
「俺ね・・・マジなんですよ。やるからにはハンパな状態で発表したくないんすよ。
だから歌のうまい即戦力の人を探してるんです。・・・お願いします!今から俺が歌う曲、つられないように歌ってみてください!・・・お願いします!」
何度も深く頭を下げるテツ。
これは困った。だってテツ、“本域”だもの。
黒ぽんがビビりながら歌った気持ち、わかる。
ふいに、テツがメロディを口ずさんだ。
山下達郎の「ALONE」だ。
「さっきのメロディで歌ってください。俺、それに合わせてハモりますから。One,two,・・・」
テツのカウントとともに始まった歌。
俺は、この苦境を乗り切るため、わざと音を外して歌った。
だって・・・そこは俺の歌う部分じゃない。
テツは俺のヘタなメロディに目を白黒している。
「・・・ごめん・・・俺には難しすぎて歌えないよ・・・」
「・・・あのぉ・・・」
「・・・ん?」
「黒須・・・嘘をつくようなヤツじゃないんですよ・・・ちゃんと歌ってください・・・」
「あ・・・」
「さっきから言ってるけど、俺、真剣なんです。俺もこの後
部活あるし、遊びで時間割いてお願いしてるんじゃないんです・・・」
わざと音を外していること、バレちゃったことにも驚きだけど・・・そこは今重要な部分じゃない。
俺が音を外して歌うってことが、黒須くんに嘘をつかせたことになってしまう、ってことが重大なポイントだった。
黒須くんもテツと黒ぽんの大切な友達だから、これ以上嘘はつけない。