翌朝。
事務室長に宿直室の鍵を返した。
実は1万円はまだ返せていない。
「財布を落とした」と言ってしまった手前、すぐに返すと怪しまれてしまうからだ。
おかげでいまだに返すキッカケを思案している。
あ〜、どうやって返そう・・・困ったな・・・
物思いに耽りながら席に座り、ワープロの電源を入れていると、ひとりの生徒さんが事務室のドアを豪快に開け、中へとずんずん入ってきた。
「あの〜、昨日俺の友達を病院に連れていってくれた事務員さんいますか?」
「病院?だとしたら俺のことかな?」
立ち上がって手を挙げると、その生徒さんはこっちに向かってずんずんずんずん向かってくる!
ひぃっ、恐いっ!
「あなたですか。黒須から聞きました。」
「え?黒須?黒須ってあの・・・」
「あのっ、俺と一緒に歌、歌ってください!お願いします!!」
「えっ・・・・・・・・・えええええええええええ!!!」
み、見たことある!
このツラ見たことある!
っていうかいつも見てる!
間違いない!
俺が間違えるワケないじゃん!
村上てつやじゃん!
若くてもわかるよ!
テツじゃん、テツ!
「黒須が歌うまいって言ってました!俺、文化祭で歌やりたいんですけど、あとひとりメンバーが足りないんです!お願いします!」
「え・・・あ〜・・・え〜っと・・・つかぬことをお聞きしますが・・・」
「何ですか?」
「もちろん、メンバーには黒ぽ・・・黒沢くんはいるんですよね?」
「は?黒沢?何で黒沢が出てくるんですか?いないですよ?」
きょとんとしている目の前のテツ・・・いや、この時代では「村上くん」か。
「とにかくお願いしますね、事務員さん!俺、もうすぐ授業なんで、また放課後来ます!じゃ!」
「あっ、ちょっ・・・!」
あ〜あ、行ってしまった・・・
人の話も聞かず・・・
っていうか。
これ・・・まずくない?
非常にまずくない?
だってさ。
黒須くんがテツに歌うまいヤツとして俺を推薦したんでしょ?
黒須くん、黒ぽんが歌うまいって知らないから俺なんでしょ?
ということはさ。
昨日黒須くんが一緒にカラオケ行こうとしてたのって黒ぽんってことでしょ?
黒須くん、俺とぶつかって、足挫いてカラオケ行かなかったんでしょ?
とにかくさ。
このままいったら文化祭のライブに黒ぽん参加しないってことでしょ?
こ・・・これってさ・・・
俺のせいでゴスペラーズ存亡の危機なんじゃないの?!
俺の・・・いや、5人全員の歴史・・・それどころか人生すべてが変わってしまう!
「うわぁぁぁぁぁ!!どっ、どっ、どっ・・・どうしよぉぉぉぉぉぉっ!!」
事務室の中ということも忘れて、俺はありったけの声で雄叫びを上げたのだった。