時代的にもちろんカーナビなんてものはない。
しかも・・・
「お・・・オートマじゃなくてミッションじゃん・・・いつ以来だよこんなの運転するの〜・・・」
ドキドキしながらエンジンをかけ、発進・・・
がくんっ。
「え、エンストしちゃった・・・」
半クラ(半クラッチ)なんて久々で感覚掴めない・・・
キーを回して半クラ、エンストを繰り返し、3度目でやっと発進できた。
「事務員さん、大丈夫ですか・・・?」
「だ、大丈夫だよ〜・・・ははは・・・」
表情を強張らせる生徒さんに、引きつった笑顔で返答する。
本当は心臓バクバクだ・・・ミッション車の運転、超恐いよ・・・
左の足先に全神経を集中してエンストしないように細心の注意を払いながら、学校医を担当している病院へ無事到着。
診察の結果、捻挫だった。
帰りの車中、俺は生徒さんに謝った。
「さっきはごめんね〜・・・俺のせいだよ・・・ホントごめん・・・」
「いえ、飛び出したのは俺の方ですから事務員さんは悪くないですよ。・・・そうだ、さっきぶつかる前に歌ってたのって事務員さんですか?」
「え?あ〜・・・たしかに、あの時俺鼻歌、歌ってたな〜。」
「事務員さん歌うまいですね。」
「え?そう??」
プロだからうまいと言われるのは当たり前なんだけど、褒めてもらえるのはやっぱりうれしい。
「俺も歌うの好きなんですよ。今日も友達と初めてカラオケ行く約束してたんですよ。けどこの足では無理かな〜。」
「そうだったの・・・」
「友達に言って、日を変えてもらうんで大丈夫っすよ。」
学校に到着し、後部座席のドアを開けてやると、生徒さんはニコやかな笑顔で手を振り、片足を庇うようにひょこひょこと去っていった。