一緒に朝を迎えた女とホテルを出た途端に、いかにも“そのスジ”の男たちがこっちに向かって一直線に走ってきた。
「ななな、何だ、一体?!」
「実は私ぃ〜・・・小林組の組長の嫁、なのよね〜。」
「・・・・・・・・・は?!!」
「あの人とちょっと喧嘩してさぁ、むしゃくしゃしてアナタ誘っちゃった☆黙っててごめんなさぁい。
あの人結構嫉妬深いのよね〜。全国の配下の組員が地獄の果てまで追ってくるかもぉ〜・・・さ、逃げて☆」
ごめんなさいじゃねぇよ!今さらなんだっつんだよ!
極妻だってわかってたら手ぇ出さねぇっつんだよ!
しかも小林組ってたしかこの国の最大勢力じゃねぇかよ!(週刊大衆の情報より)
と、女に食ってかかるよりも先に、俺は逃げ出した。
なぜなら“そのスジ”の男たちの手に、俗に言う“チャカ”が握られていたからだ。
生まれてこのかた、こんなに強く生命の危機を感じたことはない。
恐怖で足をもつれさせながら、近くに停まっていたタクシーに乗り込んだ。
「運転手さん!頼む!どこでもいいから逃げて!」
「おっ、お客さん、悪者に追われてるんですか!?じゃあ私にまかせてください!」
運転手のオッサンは何故かこんな時に俄然はりきり始めた。
アクセル全開で前進したかと思うと、交差点でいきなりスピンし逆方向へ走り出した。
遠心力で後部座席に座る俺のカラダが小さく吹っ飛ぶ。
銃声と、銃弾が車体に当たる金属音に背筋が凍る。
まるで映画で見るカーチェイス。
運転手は黒い外車を撒きながら車を走らせ、「一度こういうのやってみたかったんだよね〜!」などと悠長なことを言った。
俺を乗せたタクシーはなんとか空港まで辿り着いた。
運転手に運賃と、車の修理費として少し多めに金を渡し、空港内へと入っていった。
やはり“地獄の果てまで追ってくる”ヤツらは、やることが違う。
空港のロビーには、すでに“そのスジ”がうろうろ歩いていて、俺が来るのを今か今かと張っている。
俺は敵の視界に入らないように土産物屋へと向かうと、ダテメガネと帽子とダサめのTシャツを購入した。
そしてまた敵の目を忍んでトイレへ駆け込み、変装をして航空会社のカウンターへ行った。
「あのぉ〜・・・どこでもいいんで、今からすぐ乗れる便、ありますか?」
俺は今、北の街を一文無しの状態で歩いている。
どうやら、飛行機の席を押さえた後、物陰で身を潜めていた時かなんかに財布も落としちまったらしい。
空港からヒッチハイクで何とか辿り着いた真夜中の繁華街。
店に入ることもできず、俺はあてもなくただ彷徨い続けた。
「ハラ減ったぁ・・・」
そう呟く声に覇気がなくて当然だ。
仕事先で軽食を摂った以降、何も食わずにもうすぐ丸1日が経とうとしている。
ハラ減った・・・
休みたい・・・
眠りたい・・・
けど金がない・・・
絶望の中、俺はすぐそばにあった大きな石段を上り、最上段にゆっくり横たわると、静かに目を閉じた。