司教の説法(ん?これは仏教用語か?)が済み、ついに我々の出番だ。
「それでは讃美歌斉唱を行います。」
パイプオルガン演奏者(俺の中で密かに「ヘタクソくん」というアダ名をつけている)が言い、皆で壇上に整列する。
リードをとる3人は最前列の真ん中に陣取った。
緊張して深く息を吐くユリエルと、両端から小声で「大丈夫大丈夫」と声をかけるルカとレオ。
俺が目と振り上げた手で合図をすると、スッと息を吸う音が聖堂にかすかに響いた。
俺が手を下げたタイミングでパイプオルガンと合唱が同時に始まる。
前奏にコーラスを乗せたのは、パイプオルガンの拙さを隠すための苦肉の策だ。
それでも、聖歌隊のハーモニーの方は完璧で、指揮をする俺の二の腕辺りにゾワッと鳥肌が立つ。
決して厳かとは言えなかった先週の讃美歌とはえらい違いだ。
聖堂の後方に陣取った観光客や地元の信者ら辺りの空気まで張り詰めてきているのが肌でわかる。
曲のラストの「アーメン」という歌詞を歌い、斉唱は終了した。
10人弱だと思われる一般参列者から、パチパチとまばらな拍手が起こる。
指揮を終え、振り返って司教を見ると、司教は小さく頷いた。
俺もそれに答えるように頷いてみせた。
今まで噂にも上っていなかった日曜ミサの讃美歌。
噂が噂を呼び、回を重ねるごとに一般参列者が増えていった。
空席ばかりが目立った聖堂の後方の“自由席”が人で埋め尽くされ、いつの間にやら“立見席”まで登場するようになっていた。
寄付金も徐々に増え、あともう少しでパイプオルガンの修理もできるかもしれないとのことだった。
ある日、収穫したばかりの梨をレオの元に運ぼうとひとり台車を押していると、どこからともなく歌声が聞こえてきた。
足を止め、その歌に耳を傾ける。
これは・・・聖歌隊のメンバーの声じゃない。
声は抑え気味に歌ってはいるが、とても綺麗であたたかい声。
音をする方を探り、そちらに目を向けた。
菜園の中を見回っているひとりの男。
いや、“男”なんて言ってはみたが、ホントは声で
すでにわかっていた。
その声の主は、司教だった。
こちらに背を向けているため、俺が耳をそばだてて聞いているなんて思ってもいないのだろう。
俺たちがまだミサでやっていない讃美歌を、しかも英語で歌っている。
日曜ミサで初めて練習の成果を披露した時に感じたのと同じ、あの鳥肌がこの腕に出ているのがわかる。
俺は物陰に隠れて、しばしその歌声に聞き入った。