ミサが済み農作業へ向かう最中、聖堂に聖書を置き忘れてきたことに気づいた俺は、再び聖堂へと戻った。
聖堂が近づくにつれ、途切れ途切れなパイプオルガンの音色が聞こえてきた。
「誰だ・・・?」
忍び足で聖堂に足を踏み入れ、その音の主を確認する。
「あ。」
司教・・・?
「・・・ああ、あなたでしたか。」
司教は鍵盤に置いていた手を離し、こちらに向き直した。
「聖書、忘れたから戻ってきたんだ。」
「そうですか。」
「・・・ここで何やってんの?」
「私、ですか?このパイプオルガン、こうやって調律しないとすぐに音が狂うんです。
最近は寄付も少なくて修理するお金がないので、仕方なく私がまめに調律しているのです。
俗世間から隔離された場所であっても、不景気の影響が出てしまう。皮肉なものです・・・」
司教はまた鍵盤に人差し指を置き、音を鳴らして確認した。
もう片方の手には音叉が握られている。
「おま・・・あ、いや、音楽できる、の、ですか?」
ついタメ口を遣いそうになり、しどろもどろになりながら尋ねる。
「・・・私がキリスト教を信仰するキッカケになったのは、実はパイプオルガンなんです。」
「え?」
「幼い頃からピアノを習っていました。ピアノが大好きで、1日中飽きずにピアノの前に座っているような子供でした。
ある日、祖父に連れて行ってもらった教会でパイプオルガンを聞き、その音色にすっかり魅せられてしまいました。
それからというもの、私は自らの意思で教会に通い詰めました。
そのうちキリスト教にも関心を持つようになり・・・いつの間にやら司教にまでなっていました。」
司教は照れくさそうにそう話した。
「じゃあ、話は早い。あの聖歌隊、何とかなんね・・・いや、何とかならないか?」
「ああ、あれですか・・・私が来た時にはすでにあの状態で・・・きっとちゃんと教える人がいなかったのでしょう。」
「あなたが教えればいいんじゃないのか?」
「私も農作業などに携わってますし、それ以外の事務的な業務も多くて・・・手が回らないのが現状です。」
「じゃあ、さ、俺にやらせてくれないか?」
「あなたが、ですか?」
「ああ、こう見えて俺、音楽得意なんだぜ?」
俺は証拠として司教の前で「アメージング・グレイス」を少しだけ歌ってみせた。
キリスト教的な歌は、これぐらいしか知らなかったからだ。
「どう?悪くはないだろ?」
「・・・わかりました。勉強の時間を30分減らして、聖歌の時間に回す。それでいいですか?」
「ああ、そんなけありゃ十分だ。来週のミサまでには聞ける状態のものにしてみせる。」
「楽しみにしています。後ほど楽譜をお渡ししますので取りに来てください。」
「ありがとうございます。」