『・・・はい。』
「安岡です!プラチナ出版の安岡です!」
『待ってて。』
ドアが細く開き、さっきの男が顔を覗かせた。
「何?まだいたの?」
「あのっ!すいません!帰り道に、自転車とぶつかって破れちゃったんです・・・原稿、描き直してください!お願いします!」
「・・・んだと、オイ・・・」
男に胸倉を掴まれる。
鋭い視線に目をつむった。
「テメェ、俺らの仕事ナメてんのか?!『描き直してください』『はい、そうですか』でできることじゃねぇんだよ!」
男の怒鳴り散らす声を聞きつけたのか、奥からぞくぞくと3人の男たちがやってきた。
「何?どうしたの哲也。」
「こいつ・・・さっき渡したとこの原稿破いたから描き直せだとかぬかしやがって・・・」
「え・・・それ本当?」
「破れたって、そんな・・・今から描けったってな・・・今日締め切りだろ?無理に決まってるじゃないか・・・」
俺は4人の男の前で土下座した。
「すいません!俺の不注意で・・・。勝手なこと言ってるのはわかってます!なんとか描き直してもらえませんか?!お願いします!」
「別にさ、1号ぐらい連載飛んでも構わないんじゃねぇの?」
「そんなの無理です!街角先生のスペースがぽっかり空いてしまします!」
「お前が何か一筆書けばいいじゃん。『ごめんなさい。僕が原稿破いちゃったので休載します。空白のページはメモにでもお使いください。』ってさ。」
「ダメなんです!そんなんじゃダメなんです!みんな待ってるんです!街角先生の作品、みんなが待ってるんです!
みんな先生の作品が大好きなんです!お願いします!お手伝いします!何だってします!だからっ・・・」
「・・・もう、いいんじゃない?描いてあげれば。」
そう言ったのは、哲也さんという人の後ろから顔を覗かせた、俺と同じぐらいの身長の男の人だった。
「でもよぉ!」
「誰にでも一度ぐらい失敗はあるよ。一度失敗したら二度と同じ過ちはしなくなる。今回だけだと思って。な?」
「薫兄ぃ・・・」
俺を怒鳴りつけていた哲也さんは、ぷいっと顔を逸らし、部屋の奥に入っていってしまった。
「ほら。雄二も、陽一も。頼むよ。」
「はぁ・・・仕方ないですな。長男の命令は逆らえない。」
「ねぇ薫兄ぃ、そのかわり、なんか・・・」
「ははっ、わかってるって。終わったらみんなでうまいもの食べに行こうな。」
薫さんという人は、部屋の奥に入っていく雄二さんって人と、陽一くんっていう少年の後ろから軽く背中を押した。
「・・・いつまでそうしているの?君にも手伝ってもらうからね。」
薫さんは振り返って俺に声をかけた。
「あっ、はい!ありがとうございます!!」
俺はもう一度座ったまま頭を下げ、立ち上がってフカフカのスリッパに履き替えた。