トイレに座って、考えた。
仕事辞めるタイミング、思いっきりなくしちゃったなぁ〜。
正直、漫画・・・しかも少女漫画の編集の担当だなんてさ。調子狂うなぁ。
もともと活字中毒気味だった俺には打ってつけの仕事だと思って出版社に入ったのに・・・
漫画の編集部なんて当初の目標からズレちゃってるじゃん。
漫画なんてあんまり読んだことないから困るよ。
例えばさ、原稿もらって目を通しても、それがいい作品だなとか上手く描けてるとかさ、そんなの俺わかんないしさ。
でもな〜・・・異動早々すぐに「辞めます」っていうのもアレだから・・・『Vol.』の廃刊のその日までは、とりあえず続けてみようか。
10分ほど、あれこれ今後の身の振り方を考えてからトイレを出て、またソファに座り待つことにした。
しばらくして部屋からさっきの男が角型の茶封筒を持って現れた。
「はい、これ。」
「あっ、ありがとうございます!」
原稿が入った茶封筒受け取って深々とお辞儀をして頭を上げると、男は片手をひょいと挙げて部屋に入っていこうとしていた。
「あっ、あのっ!!」
「は?」
「街角先生は?ご挨拶、したいんですけど・・・」
「あ〜、ごめんな、今立て込み中でさ。描いてんのはおたくんとこの会社だけじゃないんだよ。また暇な時にな。」
「はぁ・・・」
「あんたも、早くそれ持って帰った方がいいんじゃない?」
「・・・あ!そうでした!ありがとうございました!失礼します!」
玄関のドアを開けるとすでに日が傾き、街はオレンジ色に染まっていた。
「さってっと。早く戻って編集長にチェックもらわないと・・・」
マンションを出た後も、俺は歩きながら今後の将来について考えていた。
意識がそっちの方にいっちゃってて、注意力散漫になっていたらしい。
気づけば、曲がり角で男子高校生が乗った自転車と正面衝突してしまっていた。
「いったぁ〜・・・」
「あたた・・・」
相手も角を曲がるためにスピードを落としていたから、幸い大きな衝撃はなかった。
「ごめんなさい・・・」
「こちらこそ、すいません・・・」
高校生は倒れた自転車を起こし、もう一度頭を下げ、去って行った。
俺は立ち上がって、服の汚れを叩き落とし、原稿を掴もうとした。
「あ・・・」
原稿の封筒は向こう側が見えるほどに破れ、穴が空いてしまっている。