「あの〜・・・原稿は?」
「あと5行。」
「え?完成されてたんじゃ・・・」
「編集長から電話あった時には『原稿取りに来るまでにはできてるな〜』と思ったんだけどな〜。」
「『思ったんだけどな〜』じゃないですよ!早く書いてくださいよ!今日締切なんですよ?!」
「わかってるよ!書きたいんだけど、なんか今日はこの5行がビシッと決まらなくてな〜。」
「お願いします!頼むから急いでください!」
パソコンの前に座ってウンウン唸っているコラムニストをなんとかなだめすかして、時には褒めちぎって、時にはヒントを与えたりして、ラスト5行を書いてもらった。
ここで1時間のロス・・・すでに7時を回っている。
「ありがとうございました!!じゃ失礼します!」
コラムニストから受け取った原稿と資料を持ち帰り、校正担当に回してやっと業務終了。
やっと会社を後にすることができた。
タクシーに乗って待ち合わせ場所である店に到着。
時計は8時を指している・・・2時間の遅刻だ。
「あの〜、予約していた安岡ですが・・・」
「安岡様、お待ちのお客様は先ほど帰られました。」
「え・・・そんな・・・」
「こちらを『渡してほしい』と・・・」
品のよさそうな店員に渡されたのは、腕時計と思われる長細いケース。
それと、裏返しになったコースター。
受け取ったコースターを裏返す。
『誕生日おめでとう。さようなら。』
コラムニストの5行を待ったがために、俺に突きつけられた言葉は・・・たった2行。
入社した頃は大きな夢もあった。
憧れていた編集の仕事に携わっていくことへの喜びもあった。
読者に正しい情報、役立つ情報を提供するという仕事に誇りを抱いていた。
その夢や誇りが、自らを犠牲にすることでなりたっているというのを思い知るのは、その少し後の話。
「もう・・・無理だよ・・・」
綺麗にラッピングされたケースを握り締める。
その上に落ちる涙。
俺、決めた・・・
俺、仕事、辞める・・・
俺は茫然自失の状態のまま家に帰り、退職願を書いた。
明日これを編集長に渡すんだ。
そんな決意を胸に、退職届をカバンの中に忍ばせた。