:ヒーローレポート:
Case1緊急指令・連続通り魔事件を追え!
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「――――ところで、一つ質問をしてもいいだろうか?」 衝撃的な事実によって垂れこめた暗い沈黙の雲を払う、涼風の声。 祈りを解いたスカイハイが、資料片手にもう片方の手を上げてハイスクールの生徒よろしく行儀良く問いかけるのに、アニエスは小さく頤引いて先を促す。 「ありがとう、そしてありがとう! ……さて、この資料には犯人に関することがほとんど載っていない。襲われた時被害者は犯人の姿を少しでも、そしてわずかでも見てはいないのだろうか?」 被害者への労りを声の裏に、疑問を顔の表に出したスカイハイの言葉に、全員が再び資料へ目を落とす。 スカイハイの疑問はバーナビーも同じく――――いや、きっとこの場にいる全員が感じていたことだろう。 プロファイリングされた犯人像は載っていても、具体的な犯人の姿、おおよその背格好さえどのページを見ても資料には記されていない。 そもそも捜査陣が分析した犯人像も年の頃は十代から六十代だの、性格は大胆かつ繊細でだのやたら曖昧が飛び交い、これを元に犯人を探り当てようなどさながら霧深き山中でハイカーが出くわすといわれる、頭上に光輪抱く巨人、ブロッケンの怪物に手錠掛けようとするかの無理難題さ。 事件のことは知っていてもこれほど捜査が難航していたとは露知らぬヒーロー達が、警察の能力に疑問を抱いたとしてもむべなるかな、の。 ヒーロー全員に疑念の目を向けられ、アニエスは整えられた眉を寄せると、ゆるく頭を左右に振った。 「その通りよ。いないの。誰も犯人の姿を見ていない」 説明を続けるアニエスの表情にも、ヒーロー達同様苦いものが滲みでる。 プロデューサー答えて曰く、被害者は全員、自分が襲われた瞬間を覚えていない。 ある者は移動中に。またある者は仕事場で。そしてある者はなんと自宅で。 いずれも「気がついたら」かたえに殺気と生臭い気配を感じ、「気がついたら」痛みと共に倒れ臥していたという。 被害者の中には犯人の声、体格はおろか自分が襲われたとも知らず、目を明けたら病院のベッドの中で医者と警官に取り囲まれていた、という人もいる――――そう結んだアニエスの表情は渋く、ヒーローの間からも苦笑やあからさまな溜め息があがる。 警察に対する同情の念はいまや部屋の上部で帆布と拡がり、白茶けた空気となって落ちた。 なにやら痛痒催す沈黙が、数拍。続いた後、ふいに。 「――――あぁ、そういうコト」 ぽんっと、ヒーローのあいだで相応しくないほど軽い声が弾ける。 「何か分かったの? ファイヤーエンブレム」 聞こえた声の方へバーナビーが目をやれば、そこではブルーローズが隣のファイヤーエンブレムへ物怪顔を向けていた。 声の主は年下の友人へにこりと一度笑みを向けると、すぐさまそれを苦笑にかえて視線滑らかにアニエスへ。 「この一件、NEXTが関わってるのね」 問いかけという形を持ってはいたが、それは断定の音だった。 案の定、アニエスは間髪入れずに頷く。 それでも、続く肯定は彼女にしては珍しく歯切れ悪く、 「――――確証はないけれど」 警察はそう見ている。 アニエスの言葉に、バーナビーもまたファイヤーエンブレム同様したりと頷く。 話を聞いた時からずっと、喉の奥の小骨と引っかかっていた違和感の正体がこれで知れた。 警察が、全容の分からぬ案件をヒーロー達に投げてきた、その理由。 ――――おそらく、警察はこの一件にNEXTが深く関わっているとみて、同じNEXTであるヒーロー達に手助けを求めてきたのだろう。 超人の考えなど同じく超人にしか分からぬとはじめから匙を投げたか、それでも理解しようと努めた末の挫折か――――恐らくは後者。 五人も被害者が出るまでこちらになんの情報も与えなかったあたり、警察のプライドというか、いまだ一般人の根底に流れるNEXTへの反発視が見て取れた。 レジェンドの功績もあってNEXTへの差別は以前ほど激しくはないが、やはり一般人にとってNEXTは超常の存在だと思い知らされる。 他のヒーロー達も警察の考え――――底を感じ取っているらしく、こと、市民の無事以外をすべて置き去りにしてはそのたび警察から小言を受けるタイガーの面に刻まれた苦々しさときたら、みているこちらの喉奥でニガヨモギの汁が滲みでるよう。 さらに、 「もっとも、正式に捜査協力を依頼されたわけじゃないわ。あくまで"なにか"気づいたことがあれば報告して欲しい。それだけ」 と、こう釘を刺されては――――さっきから感じている警察への不信も相まってタイガーほどではないがやはり面白くない。 「……あくまで俺達は部外者。そう言うことか」 むべなるかな。こぼれたロックバイソンの呟きと表情が鋼質に固まっていたとしてもむべなるかな、の。 いまこの場にいない警察に代わりヒーロー一同から負の目を向けられ、さすがの鬼プロデューサーも気圧されたように肩をすくめた。 「警察にもメンツってものがあるのよ――――もっとも、理由はそれだけじゃ……」 「だったらその"市民の命より優先しなきゃいけねぇ理由"って奴を聞かせて貰おうじゃねぇか……」 ためらいに曇るアニエスの言葉を遮る低音。 普段の快活な様を知る者ほど、いま発せられた声がどこからしたのか信じられずに我が耳を疑う。 その声は――――怒り深く沈ませたその声の主はタイガーだった。 バーナビーは声音低く静かに問うタイガーへ言葉を掛けようとして、思いとどまる。 腕を固くきつく組み、頤ひいて眼眇めたその姿に、限界まで張られ引かれた弓弦の幻を視る。 下手につつけば弾かれた絃で我が身を損ねかねない。 その場にいた誰もが、放たれる箭の先が己に向かっていないことを神に感謝し、さらに期せずして本来向けられるはずの警察とのあいだに立つ羽目となったアニエスに同情した。 タイガーとアニエス。質は違えど温度は同じ。冷たい両者の視線が交錯する。 「――――そんなに理由が知りたい?」 先に視線落としたアニエスの、問う声はため息混じって物憂げな。 心なしか疲れた様子のアニエスへ、タイガーの答えは是一択。 「あたりまえだ。まさか、ヒーローに活躍の場を取られたくなかったとか、そんな理由じゃないだろうな」 バーナビーはアニエスの答えがそうでないことを祈った。 警察との協力無しにヒーロー業は立ちゆかない。 実は非の目で見られていたと知って、それでもなお警察の情報を信じて動くといえるほど、誰も彼もがスカイハイのような聖人ではない。 しかしバーナビーの感じていた懸念は懸念に終わった。もっと大きな「納得」に塗りつぶされたからだ。 「――――」 アニエスはヒーロー達の前に歩み寄ると鋼鉄に固まった面を上げ、ゆっくり、まっすぐ指をさした。 北欧の伝承に寄れば、かつて魔女は指さすことによって、相手に呪いを放ったという。 現代の魔女が指す、警察に疑念抱かせた理由、呪いの行き先を見つめ、ヒーロー達はみな同じ声を呑んだ。 ――――なるほど。 なるほど確かに「これ」が理由では警察が情報を出し渋るのも無理からぬ。 「――――アニエス、お前……ッ」 タイガーはアニエスの指がさす先を見て、驚愕に喘ぎ、声を甲走らせた。 「――――後ろのレジェンドポスターがいったい何したってんだ!?」 「豚っ鼻になるくらいくっついてるでしょ、おじさん! プロデューサーの指、おじさんの鼻を完全ホールドしてるでしょォッ!?」 「――――警察が私達に情報を与えたがらない第一の理由があなたなのよ、ワイルドタイガー」 ジェスチャーだけでは不十分と考えたか、言葉でも真実を突きつけるアニエスに、向けたタイガーの目は先ほどの剣呑さをいっさい取り落していた。 自分でも自分を指さし信じられないとばかりに左見右見するタイガーへ向ける一同の視線は春雨のあがった宵の風のごとく生温い。 先ほどまで場を包んでいた緊張感は立春の頃、春の訪れ告げる佐保姫の息吹きとばかりに吹き飛ばされ、後に残ったのはみんなの心が一つに結ばれたというこれまでにないほどの奇妙な一体感、そして和らいだ心。 ああ、だろうな――――。 ああ、なるほどな――――。 タイガーとアニエス以外のその場にいた全員慈母のごとき微笑みさえ浮かべて、取り乱す正義の壊し屋を見守った。 「なんでっ! なに、俺、なにっ、なにした――――ッ!?」 「出動するたび建物壊して交通関連だって道片側だけとはいえ封鎖してマヒさせてヒーローによる遅滞証明書理由と保険加入理由KOHでカメラ回ってないところでも犯人見かけたら警察と一緒に捕り物に加わって警察のペース狂わせてタイガー、あなたいままで受け取った不幸の手紙、何通か覚えてる?」 「五坪」 「約16.5u!?」 文字通り桁が違った。 立板に水どころか油とばかりに流れるアニエスとタイガーの応酬にそれまで深海魚のごとく深く静かな眼差しで見守っていたバーナビーもさすがにツッコむ。 だが当の両名、バーナビーの声どころか他の人間の存在いっさい意識から排除して、その姿、長年募った恋心が愛に昇華したばかりの恋人同士の――――否。否。 それよりも、敵味方の屍踏み越えた戦場の果てで相まみえた仇同士が突きつけあう灼炎と呼ぶが相応しい。 バーナビーは一瞬で常にないほど引き締まったタイガーの横顔に、平穏を生きる市民に対する情、自任するヒーローとしての責の重さを垣間見る。 誰も、二人の間に割りこむ命知らずはいなかった。 虎と魔女とで交錯する視線。部屋の中横たわる沈黙。口火を切ったのは――――、 「とにかく、この一件に関して警察から正式な依頼があるまで、あくまで念頭に置いておく、程度に留めておいて」 音色優しく宥めるアニエスに、応じたタイガーの声には不満が入り交じる。 「悠長だな。そうしてる間にも市民に被害が――――」 「警察も馬鹿じゃあないわ。メダイユ地区はもとより、ブルックス工業地区、ダウンタウン地区にまで警備はしいてる」 「人員にも限界があるだろ。充分に手ェまわんのか?」 「警備に関しては、少なくともここにいる人間よりはプロフェッショナルよ」 突きつけあう言葉。探りあう視線は切っ先は皮肉切り裂くガラスでできた刃の鋭さ。 気圧されたように隣のファイアーエムブレムの腕へ縋りつくブルーローズ、ドラゴンキッドの姿が眼鏡の端に映った。 だがすぐ、引力にみちびかれ視線は二人へ、タイガーとアニエスへ。 「なら捜査はどうだ? 警察にもNEXTはいるだろうけど、それでも俺たちのほうが――――」 「――――信頼って美しいわよね? タイガー。昔、テレビの向こうのレジェンドに教えてもらったわ」 「……」 再び落ちる沈黙。 真剣試合に流れる空気さながらの沈黙は長く続くかと思われた。 しかしバーナビー達の予想はあっさり覆る。 「……ダッ! わーかった! わーったよ!」 匂やかな微笑み浮かべるプロデューサーの金言に、堪えきれなくなったか、タイガーは両手を挙げて降参の意を示した。 ぐっとうつむけた帽子の下から覗く口元が、悪戯の言い訳をことごとく教師に撃墜されたジュニアスクールの生徒がごとくひん曲がっている。 「レジェンドまで持ち出されたんじゃしょーがねぇや。従う。警察からなんか言われるまで俺は動かない」 「それだけじゃ足りないわ。警察から依頼を受けた後、犯人と接触してもカメラが回るまでは待機。OK?」 「へーへー。おおせのままに、プロデューサー様」 再度念押しされるも、タイガーはすでにやる気をなくしたとばかりに帽子の裡で生返事。 そのまま資料を担いで出て行こうとするのに、さすがに態度が悪すぎやしないかとバーナビーの咎めの声、追いかけんとするがそれより先に――――。 「ダッ!?」 アニエスが、脇を通ろうとするタイガーのネクタイを引き寄せた。 毒の蜜豊潤にたたえては艶麗な、雅やかな笑みの裏に宝石のトゲ隠した美貌の、その――――眼前に。 近づいた額と額、鼻と鼻、唇と唇は情熱的な恋人同士の間合い。なれど両者の頭上に掛かったのは蜜を絡めた砂糖細工の甘やかな紗どころか、腐ったインクをぶちまけた糸で織り上げたか黒く重い緞帳の。 空気が、不穏孕んでおんもらと垂れこめた。 角度によっては密着したとしか思えない態勢に、ロックバイソンが声を喉に詰まらせソファから飛び上がれば、ブルーローズも絹引き裂くような悲鳴のぼらせる。 他のヒーロー達も程度の違いはあれど皆一様に驚愕を面に刻むのも仕方なし。 だが、場に仰天の空気生んだアニエス、タイガーの両名はいっかな気にした様子もなく――――というか、アニエスはともかくタイガーにそんな余裕はなかった。 「あ、あの……プロデューサー……?」 先ほどまでタイガーの裡にたしかにあった、夜に燃える瞳、けして何者も片時すら侍らせぬ孤高の魂持つ密林の王の覇が、目の前の魔女に喰われ、呑まれる。 額に粘質の汗滲ませ呼びかけるタイガーの声に震えがきていたとしても致し方なし。 二人を見つめるバーナビー、タイガーの水気孕んだ目元と肌にぴりぴり感じる危機感に相棒を助けなければと思うが、手足は樹脂に浸かったかのように固まって、声すら腹の中でとぐろまいて出てゆくことを拒む。 どうにか動く目だけで周囲を見るが、他も似たり寄ったりの。 周遊追え再びすえた視線に映るアニエスの横顔は、立ちのぼる威によって歪んで見えた。 蠱惑的に眇めた瞳の奥底で燻る不信、寄せた笑顔の凄絶なこと、さながら夫の浮気知り悋気を燎原の炎と燃えたぎらせるヘラのごとく。 美しく粧われた唇から覗く歯のきらめき、ネクタイ引っ掴んだ手の万力がごとき力強さ、それこそ捕らえた獲物のはらわたに喰いこむ猛禽類の爪の鋭さもかくやといった恐ろしさで。 「男はいつだって嘘をつく時は目を逸らす――――」 胸郭に沸いた負の分だけ押し出されたかのような声は天鵞絨あてがったように艶やかな、しかし氷でできた指で背中なぞられるかのごとき寒気も誘う。 その筋の男なら喜んでひざまずくであろう艶冶で恐ろしい笑顔浮かべ、魔女は囁く。 「さっき自分で言ったこと、宣言通りきちんと守りなさい――――Est-ce que vous pouvez le faire? Chaton……(できるわね? 仔猫ちゃん……)」 「う、うぃー、まどもあぜる……」 ――――ささやきに是と頷く以外、タイガーの助かる道はなかった。 |
あとがき
二話にして脱線。どこにも魚介類の魚の字もない。
ちなみに今回の目標、
タイガーのネクタイを口づけの間合いまで引く女帝アニエスが書きたい。←一応クリア
作中登場するフランス語は例によって適当です。私にそんな学はない。