:正義の守護者:
2・語られる、はじまり

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 愛娘に手を引かれ、かつての上司ベン運転するトレーラーに案内された虎徹は驚きに、青タンで彩られた目を見開いた。


 一体誰が用意したのか。
 トレーラーの中は、普段虎徹が使用しているアポロンメディア製のトランスポーターに見劣りするものの、きちんとした設備が整えられていた。
 寝心地の良さそうなベッドやソファ、はてはオーディオも設えられており、ちょっとしたアパートの一室の様。台所やシャワールームもある分、生活するにはこちらの方が向くかも知れない。
 痛む体も忘れて物珍しげにトレーラーのあちこちに視線を飛ばす虎徹の前に、見慣れぬ影が姿を現す。鼻の下まですっぽりとフードを被った、トレーナー姿の人物。先ほど、ベンと一緒に運転席にいた人間だ。
 顔は見えないものの体格やきびきびとした動き、張りのある手にフードから覗く弛みない顎のラインからまだ年若い男であろうと察しがつく。動きを目で追っていると、ふいに瞼の奥でフラッシュバックが起こった。
 


 ――――彼を、どこかで見た事がある。……気がする。


 
 青年は訝しげでぶしつけな虎徹の視線に気づくが、特に何も言わず小さく頭を下げただけ。それを挨拶に代えて、虎徹の止める声を滑り抜けるように助手席へと戻っていった。
 愛想がないのか恥ずかしがり屋なのか、卓上に用意された救急箱を前に、虎徹は判別しかねて首を傾げる。
 その肩を、ロックバイソン――――アントニオが引く。


 いつ着替えたのか、室内では色々つっかえることの多い肩のパーツやメットを剥いだ姿だ。久しぶりに見る親友の顔に、そろそろと細い息が漏れて、虎徹は自分が知らず緊張していたのを知った。
 自身をごまかすように、血のこびりつく口角をゆるめ、アントニオに笑みを向ける。
 向けられたアントニオも表情ゆるめ、目線でソファを指す。察した虎徹は素直に従い――――かけて、二の足を踏んだ。先ほどまでゆるんでいた口元が緊張に引き締まる。
 指されたソファの真向かい。もう一つのソファに、はたしてネメシスか不動尊か。怒りを深く胸中に沈降させた楓が待っていた。
 


 じわじわと陽炎のごとくにじみ出る、色にたとえるならば赤銅色のオーラが影を、背景を揺らす。
 寄せられた眉宇。ひくつく頬。何もない空間への氷のごとき睥睨は、一体誰に、何にたいして向けられたものなのか。
 組んだ腕の上で一定のリズムを刻む指先が、まるで裁判官の木槌のようで、つい脳に思い出されるおなじみの賠償金裁判の風景。蘇る負の記憶に自然、身が退く虎徹。の、腕を掴む親友。もとい、執行人。
 二の腕に食い込む指の強さは、まるでイタズラのばれた子供を叱責する教師のようで。
 最後の抵抗と足を木偶にするも無意味。彼との体格差の前には陸に揚げられたクラゲのごとく無力。
 憐れ正義の壊し屋は、抵抗も抗議も懇願も聞き入れられず曳きずられ、ソファとは名ばかりの被告席へと御出立。
 



 ……のち、鏑木虎徹は語る。
 
 ――――治療の間中、楓に向けていた半身があたかも絨毯爆撃か機銃掃射を受けたかのごとく削れてゆくような心持ちであった、と――――。
 



 
 そうして針の筵の中で行われた手当も終わる頃。
 
「――――お父さんは、休んでて」

 見計らったかのように静かに、楓は言った。
 揺らがず、曇らず、澄んだ瞳で、虎徹を見つめて。
 お願いというよりは命令といった方が良い語気の強さだった。
 のそのそと新しく用意されたシャツに袖を通していた虎徹、さすがに動きを止めてこちらも負けず劣らず顔をしかめる。
 いかに愛娘の頼み。望まれたならヘラクレスの十二の難題だって軽々やり遂げてみせようとも、さすがにこれは承伏しかねた。


「あのなぁ、楓。パパ、さすがにこのまんま逃げ続ける訳にはいかねーんだ」
 こちらもまた、諭すような語調。自分の中にあるありったけの父性を声に落とし込み、言葉を作る虎徹の表情は真摯そのもの。
 突然己が身にかけられた覚えのない殺人容疑。
 ヒーロー達から消えた自分の記憶、その奪還。
 どれも、言ってしまえば虎徹自身の問題だ。解決に、誰かの手を煩わせるのは本意ではない。
 ただでさえこうして娘を巻き込んだ事を心苦しく思っているというのに、その上のんべんだらりと休んでいろなど――――とてもではないが、虎徹の性格上できるわけがなかった。
 それをありのまま伝えれば、楓の華奢な眉がきゅっと真ん中に寄った。
 睨み付ける、その目の奥には無茶を咎めるのとは別に心配の色が揺らいでいる。
 甲走る声は不安の発露、それゆえか。


「だから! 真犯人についてはこっちが調べておくって言ってるじゃない! お父さん、そんな怪我で何ができるの!?」
「だいじょーぶ! パパすっげー頑丈なんだぞぅ。こんな怪我、屁でもねぇって!」
「お父さん、いっつもそういう根拠のない自信ばっか! ――――そんなんだから、いつまでもランキング下位で賠償金KOHなんだからね!」
「それ今関係ないよね!?」
 思ってもみない方向から的確に抉り込まれる楓の一撃。
 しなる鞭よりまだ鋭く、差し込まれる針よりまだ深く、虎徹の心は滂沱の血を流した。
 なまじ事実で、しかも愛する娘から突きつけられたのが余計に堪える。
 このままでは年甲斐もなく娘の前でさめざめ泣き伏してしまいそうだ。
 決壊しかける感情の堰に言葉を無くす虎徹を哀れと思し召したか。治療を終えてから今まで大人しく傍観に徹していたアントニオが遠慮がちに口を挟む。


「あー、あのなぁ、虎徹。俺が言うのも何だが――――今は楓ちゃんに従っとけ」
「アントニオ!?」
 思ってもみない伏兵の登場。たまらず弾きだされた甲声に優しく諭す口調は、駄駄を捏ねる子供に対するかのごとく。とうとうと因果を含める。
「虎徹、お前は今怪我人だ。よしんば動けたとしても、きっとすぐ他のヒーローに捕まる。それにお前、自分をはめた奴の目星はついてんのか? ……お前のこった。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるで動き回ったって、禄な目にはあわねぇぞ」
 ――――俺との時みたいに。
 最後に付け加えられた自嘲は苦く、か細く、虎徹の胸中に波紋と広がる。
 次々繰り出される正論に、喉元まで出かかった反論は、しかし言葉にならず空気の固まりとして押し出される。


 だがどれほど相手が正しかろうと、アントニオの言葉に虎徹は是と頷くことはできなかった。あくまで、楓達の提案には否を貫き通したかった。
 楓を危険な目に合わせたくない。巻き込みたくはない。
 その思いがあったからこそ、ずっとヒーローであることを隠し、どれほど寂しさが胸の内を湿らそうが離れて暮らすことを選んだのだ。
 だから虎徹は頑として首を横に振る。
 楓が鋼の意志で立ち向かうというのなら、こちらはダイアモンドの意志でそれを打ち砕く。
 ヒーローとして大人として、なにより親としてそこだけは譲れぬ一分だった。




 貝と押し黙る虎徹を睥睨し、同じように黙りこくる楓。
 場を包み込む空気は重く、冷たく、ただそこにいるだけでつららを突き刺されたかのように心を冷やす。
 だが二人を見つめるアントニオは己の能力を心の方にまで使えるのか、鏑木親子の負のオーラなどなんのその。
 普段は振り回され通しであるが、そこはそれ。高校時代から現代まで、恐らく家族以外では一番虎徹と長い付き合い、好きも嫌いも知り抜いた間柄。すかさず被せられたフォローは、胸裡を読んだかのように虎徹の心情にそぐう。疲れた体を抱きとめる羽毛のごとき、もはやそれは誘惑だった。


「心配すんなよ、虎徹。楓ちゃんに直接動いて貰う必要はねぇ。楓ちゃんにはもっと大事な――――お前が無茶しないように見張ってて貰うって言う大事な役目があるんだからな」
「……ッ」
 情味溢れるアントニオの言葉にうつむけていた顔を上げる虎徹の、その表情には欣喜が、けれど瞳にはためらいが滲んでいた。

 迷っている。揺らいでいる。

 娘と長く一緒にいられる、不安がっているであろう娘に親らしいことができる喜びと、はたして今回の騒動について友人に下駄を預けてよいものか、バーナビーを筆頭にした他のヒーロー達への懸念とで。両天秤にかけたその間で――――親とヒーローとの間で、虎徹は揺らいでいる。
 血のつながり故か、父の心の揺らぎを敏感に感じ取ったのだろう。
 天秤を思う方に傾けようと、楓がアントニオの提案に追従する。

 ……だが口にされた"事実"は、楓達の思惑とはまったく逆の方向に作用されてしまったが。

「アントニオおじさんの言うとおりだよ! 犯人の事は後援会に任せて、お父さんは怪我が治るまでしっかり休んでて!」
「あ、ちょっとまって」
 虎徹は意気込む楓に待ったを掛けた。
 こめかみに指を押し当て、視線遠くを彷徨わせ、なにかを思い出そうと思案顔。 
 話遮られ一体なにかとこちらも物怪顔の楓に、面を上げた虎徹。おもむろに問う。


「今まで話に何回か出てた……ええと、アレだ、アレ。――――"後援会"って何?」


 実にいまさらな質問だった。たしかにいまさらではあるが、だからって流しておけぬ話だった。
 トレーラーに乗り込む前に見たあの光景。楓とアントニオの、二人だけの裁判。楓を上としたアンバランスな上下関係。アレはどうにもおかしく不自然な、どこかしら芝居めいたやりとりだった。
 謎を解くキーワードは、おそらく何度も話の中に出てきた"後援会"と言う存在。
 自分の名を冠すそれは一体何なのか。
 疑問を口にすれば、瞬間アントニオと楓の間で交わされるアイコンタクト。
 アントニオが懸念に表情曇らせ視線で楓に問えば、暫時、考え込む楓。やがて決意したか、おとがい引いて同意のそぶりを見せ、アントニオに視線を返す。
 楓の了承を受け、アントニオはおもむろに口を開いた。


「"鏑木・T・虎徹後援会"ってのは、文字通りお前の後援会だよ、虎徹」
「――――ぅん?」


 虎徹は聞きたかった事とは微妙にずれた答えに首を捻った。
 そりゃ、枕に自分の名前がついているのだから、自分の――――虎徹の為に集まってくれた会だという事は分かる。
 分かるが今聞きたいのはそう言うことじゃない。
 なぜ、どうして、表向きは一般人の自分に、後援会などと言うたいそうな名目の団体がついてくるのか。
 質問を重ねる虎徹に、今度は楓が答えた。呆れという、嬉しくないオプションをつけて。
「――――あのねぇ、お父さん。言っておくけれど、全部お父さんの行動が原因なんだからね? お父さんがいろんなところでお節介働くから、もう放っておけないくらいファンが増えちゃったの! だから後援会なんて作る事になっちゃったの!」
 ――――楓が言うにはこうだ。




 虎徹が昔持ち前のお節介で世話をした人間が、オリエンタルタウン、そしてシュテルンビルトに多く散らばっている。
 そう言った彼らが昔受けた恩を返そうと、秘密裏に結成したのが始まりらしい。
 会員のほとんどは現在更生しているものの、昔はやんちゃで鳴らしていた、俗に不良と分類される人々。
 直情的で見境のない性格の人間も多く、こんな受け皿でも用意せねば、今頃虎徹の身辺はたいそうにぎやいだ、騒々しいものになっていたろう。
 そうなれば虎徹の望んだヒーロー活動なんてとてもとても――――。
 できるだけ心労の種を絶やしたい鏑木家と、どんな形でも良いから虎徹に恩を返したい支援者達の思惑、そして利害の一致の末に生まれたのが、この"鏑木・T・虎徹後援会"というわけだ。
 会の規則にはされていないが不文律で直接接触は厳禁とされていたから、今の今まで虎徹が存在を知らなかったのも無理はない。



 苦み走った顔の楓が続ける説明の間に、記憶の中に思い当たる節を見つけた虎徹。ふと回想にふける。

 ――――あれはまだ自分が紅顔の美少年であった高校時代、一匹狼を気取ってはいたがレジェンドと出会ってから目覚めたヒーロー魂はいたるところでお節介という形で顕現し、西に困っている人あらば行って助けてやり、東に絡まれた人あらば行って代わりにぶちのめすという、今の生活の基盤となる日常を送っていた。
 突如として喧嘩にわりいり、そしてこれを力尽くで解決してきた虎徹に当然不良達は敵意を――――なぜか、抱かなかった。

 不良、ヤンキーと呼ばれるこの手の人種はなぜか太古、人が人となる前の野生の雄としての、強い者には従いたいという本能を色濃く残している者が多い。
 結果、虎徹に成敗された不良達は軒並み、多少の例外もお礼参りの返り討ちで根こそぎ、虎徹の心酔者となり舎弟にしてくれと、あの頃は連日朝夕校門で待ち伏せを受けたもの。
 なかには土性骨の太い奴もいて、再三断ったにも関わらず家にまで押しかけての舎弟志願。
 しかもこれが一人二人ならばまだ良いものを、十数名、集団を組んで玄関先で土下座の見本市を起こされた日にはもうご近所の目の刺々しかったこと痛かったこと――――。
 "鏑木さん家の次男坊"の悪評もここに極まれり。それでもお節介を辞めなかったのだから、この場合彼らをうまくあしらえなかった虎徹にもわずかながら責任があると言える。……とは、振り回される鏑木家面々の弁。


 胆力ある家族も、これにはさすがに辟易し、何度か起こされた見本市は決まって安寿に犬の子を追い払われるかのような形で終了した。
 群がる舎弟志願を追い払う為に村正の撒く塩も最初は食卓塩から浄め塩、浄め塩から粗塩になり最終、高校を卒業する頃には岩塩(武器)にパワーアップしていったほど。
 シュテルンビルトに出てからはそう言った連中と自然疎遠になり、向こうも若気の至りと忘れている事だろうと思っていたのだが――――虎徹が思っていた以上に、彼らは義理堅かった。
 もっとも、その義理堅さが虎徹の心証的にプラスに働いたかといえば必ずしもそうとは言い切れないが……。

あとがき

先生! シリアスが続きません!

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