:正義の守護者:
3・そして、転

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「だからってそんな、後援会とか――――」


 どう反応すればいいのか分からず、言葉が続かない。
 訝しさ、信じ切れなさ、その上に照れを少々振りかけたなんとも珍妙な表情の虎徹に対し、応じる愛娘の表情は対極のもの。
 楓はいまや冥土の住人となった妻そっくりの、例えるならば初夏の明朝。山の背から覗いた太陽が完全に顔をあらわにするまでの暫時、地上を満たす透徹な空気と同じく、今日この日への希望だとか素晴らしい未来への予感だとかを全て内包する爽やかさをもって、


「後援会って言ったって、そんなに人は多くないもん。だって、お父さんのだよ?」
 そう……愛らしく、笑った。


 とたん虎徹を包み込む、寂寥感だとか安堵感だとか、暖かいような寒いような、とかくとにかく複雑な気持ち。
 思わず上向かせたおとがいは、頷く為か涙を堪える為か。
 いや別に応援が欲しいなんて子供じみたこと考えていなくもないようなやっぱりあるようないやでも見返りを求めるのはヒーローとしていかがなものか……。
 
 


「私達会わせてせいぜい百人くらいだし!」
「わりと大人数だった――――!?」


 
 
 心構えもなく投下された真実の爆弾。体の痛みも凌駕するほどの驚きに、切れた口角さらに引き裂き、虎徹は喉から魂削るような悲鳴を迸らせる。
 オリエンタルタウンの総人口がいかほどかは知らないが、それを抜きにしたって一般人につくにはどうにも予想以上の規模だった。
 レジェンドと出会ってからシュテルンビルトに出てくるまでの自分は何をそんなに頑張ったのか。
 記憶の中の各年代の己に問うても、決まって全員首を左右に振るばかり。
 そんな虎徹の肩を、如来かモナリザか、不思議な優しい労りに満ちた表情でアントニオが愛叩する。


「安心しろ。後援会でワイルドタイガーがお前だって知ってるのは幹部だけだ」
「どれだどこだどのへんだ!? 俺はその話の何に安心すりゃあいい!?」


 親友のずれた労りに返す声は悲鳴入り交じった濁り声。
 なんだ。幹部ってなんだ。それ、必要な役職か。しかも幹部が何人、誰がいるかは知らないがワイルドタイガーの中身を知られているとか色々考えて正体を隠していたあの努力は何だったのか。
 視線で問うも応えはなく、虎徹は頭を抱えた。
 暴れ盛りの幼児が散々遊び回った後の部屋のごとく散らかり、惑乱する頭の隅でぽこり、突然泡と浮かび上がったのはある風景。


 ――――そういえば楓はあの路地裏裁判でアントニオを"シュテルンビルト支部次席"とか言っていたではないか。


 虎徹の考える、公民館や気心の知れた旅館の大広間を貸し切り、支援する人間と一緒に談笑を楽しむような、そんなほのぼのとした後援会のイメージと違って、実際の"鏑木・T・虎徹後援会"はずいぶんとしっかり組織化されているようだ。
 もしや、と虎徹は視線を周囲に飛ばす。
 いまさらだが、こんなにも設備のしっかりしたトレーラーを、いったい楓達はどこで調達してきたのだろう。
 こう言っては失礼千万だが、リストラの憂き目に遭いポセイドンラインにタクシードライバーとして拾って貰ったベンが用意できる代物とは思えない。
 だとすれば、先ほどからちらちらと姿を見る助手席の青年が手配したものだろうか。
 次々明かされる事実に、元々多数の事を同時に考えられぬ虎徹。
 現実に必死でついて行こうとまず手近な謎に取り組んだ、無言の父の姿に娘は何を見たのか。
 "後援会の人数は多くない"という言葉に落ち込んでいるとみたか。

「落ち込まないで、お父さんっ」
 楓は慌てて身を乗り出し、


「"ワイルドタイガー友の会"の方は規模大きいから!」
「それも初耳だっ!!」


 真実の爆弾第二発目、投下。
 また知らない団体名が出てきた。さらに、またしても自分の名前が使われている。
 今度の"友の会"とやらも名前から察するにファンクラブ的なものなのだろう。
 バーナビーやブルーローズにその手の集まりがついているというのは知っていたが、まさか自分にまでとは思っていなかった虎徹、そこまで考えて再び首を捻った。
 次から次へ、それこそ泉のごとく溶岩のごとくわき上がる新しい疑問のおかげで今自分に突きつけられた、"殺人犯としてかつての仲間達に追われている"という酷も遠くもやがかって、今の虎徹は平時――――とは別の形の平静を取り戻しつつある。


 ―――― 一般にこれを現実逃避と呼び表すが、まあそれはさておいて今は"友の会"に専念しよう。


 "ワイルドタイガー友の会"と言うくらいなのだから、ヒーロー活動時の応援をしてくれている団体なのだろうと虎徹は当りを付ける。
 さらに楓の言葉を信じるなら、百人弱いる"後援会"よりも規模が大きいとの事。
 ではなぜ、それだけ大人数のファンの存在を、今の今まで見逃していたのか。虎徹は知らずにいたのか。
 いや、そもそも"友の会"なんて、落ち込む(と見えた)虎徹に対し、楓がとっさに放った慰めの上に立つ蜃気楼のような架空の団体なのではないか。
 ヒーローカードの大量売れ残りや日頃の扱いなどから鑑みるに、虎徹が"友の会"そのものの存在を疑うのは当然の流れと言えよう。
 疑念に面を曇らせれば、言った本人の楓、苦笑いと共に答えを返す。



「だってお父さん、中年で何期もたいした活躍してなくて賠償金ばっかランキングトップで建物だとか壊しまくってその建物のオーナーの中には丑の刻参りするくらい恨んでいる人もいて、そんな人のファンですなんて表立って言えるわけないでしょ?」
「反論のしようもございません!」


 哀しいくらい切ないくらい狂おしいくらい納得のいく説明だった。目に映る世の中全てが灰色に見えるくらい残酷に無情な事実だった。
 こう他人の目からつらつらと自分の状況を上げ連ねられると確かに何でこんなヒーローにファンがつくのか不思議に思えてしょうがない。
 もっとも、だからといってこれまでの人命優先のスタイルを変えるつもりなどさらさらないが。


「と・に・か・くっ」
 スタッカートで強調された楓の声に黄昏れていた意識が現実に舞い戻る。
 ぐっと身を乗り出し視線合わせ、見つめる愛娘の眼差し、その強きこと。直情なこと。
 反して、楓の大きな目に鏡写しと映るのは、みっともなくたじろく自分の姿。絆創膏の貼られた頬が、ひくり、ひくついている。
「これで分かったでしょ? お父さんが動いたら、みんな裏目に出るんだから。ここは私たちに任せて、お父さんはゆっくり休んでて」
 優しくも無惨な懐柔に、けれどそんなことできない、お前が心配だと虎徹は口に上らせかける、それを予期したかのように楓は待ったを掛けた。
 虎徹の前から身を引き、ぐっと胸を反らした得意顔の頼もしさ、あたかも神代の時代から人々を見守り続けてきた霊山の、神気漂う様のごとし。


「――――それに、私一人じゃないもん。お父さんの味方は、どこにだっているんだよ」
 ね。
 と、向けた視線の先には虎徹と共に数多の鉄火場をくぐり抜けてきた親友の、これまた荒れ狂う波にさらされようとも揺るがぬ砕けぬ巌のごとき力強い頷きと微笑。


 二人の説得にじわり、熱く潤みかけるまなこを、けれど虎徹は寸前で堪えた。
 いつもならばけしてこのような説得じみた甘言に応じたりはしない。
 自分の問題に他人を介入させることは、虎徹にとって臓腑を鷲掴みにされるかのごとく苦しい。
 これが兄やベンなどの長い年月を経て彼らなら大丈夫だと、確信を得た相手ならばまだ素直に――――それでも幾たびかの逡巡を経て甘える事ができる。
 けれど今目の前にいるのは虎徹にとって庇護の対象である娘と、対等の存在と思っている親友だ。
 かっこつけとそしられようが、絶対に弱みや甘えを見せたくない。
 助けを差し出すのにはためらいがなくとも、いざ自分が手を差し伸べられれば本当にその手を取っても良いのか。心が己の能力に怯えていた子供の頃に戻ってしまう。
 いつもならば笑って受け流せる。茶化して、そこでおしまいにできる。
 けれど――――かつての仲間達から嘲罵され刻まれた心の傷の上に、かかる情けは優しく薬としみこみ、矜恃を鈍らせる。
 風に晒されただけで脆く崩れそうな、朽ち果てた砂上の砦が、今の虎徹の心の有様だった。



 じっと見つめ答えを待つ二対の瞳の後押しに、逡巡に次ぐ逡巡、迷いに迷いを重ねた末、虎徹はやっと決意する。
 薄く開く、さっきからあえかな吐息しか零さなかった唇を戦慄かせ、声を、言葉を、意志を吐き出そうと、喉を開いて――――。




『話の途中、すまねぇ。三人とも』




 けれどもそれは、突如トレーラー内に響いたベンの声の前に雲散する。その一瞬で、もう何を言おうとしていたのか、分からなくなったし残っていない。
「どうしたんすか、ベンさん。なんかあったんですかっ」
 なにやら切羽詰まったような声に、釣られる虎徹の言葉も自然焦りを帯びる。
 振り向き見つめる、進行方向に設置されたスピーカーから弾きだされたのは、


『誘導されてる。どっかに誘い込まれてるみてぇだ』
「ンなっ!?」


 告げられた言葉が驚愕と走り、虎徹、アントニオは声を詰まらせた。
 虎徹はアントニオを――――正確には、アントニオが腕にはめているリングを見る。
 GPSは切ってある――――はずだ。
 けれど意識して澄ませた耳へと外からかすかに届くのは、まぎれもなく機関銃を乱射している音に酷似した空気切り裂くヘリの飛行音。
 騒々しい音に聞こえるはずもないマリオの実況が混じっているように感じるのは思い過ごしか。
 トレーラーの中は、一気につつけばはじけとびそうな膨張しきった水風船のごとき緊迫した空気が流れる。
 虎徹も、アントニオも、ベンの続報を待ちスピーカーに目が釘付けになる。
 
 


 ――――だから、気づかなかった。


 
 
 ああ、もしも――――。
 もしもこの時、二人のうちどちらか一人でも振り向いていたならば。
 静かに有様を見つめる楓の変貌に気づいていたならば、この物語は別の結末を迎えていたかも知れない。
 


 じっと黙り込んだ楓の面に浮んだ、その色、表情。
 今なお人々を魅了して止まぬ、かの絵画の美女が浮かべる不可思議の、謎を湛えた微笑み。モナリザのごとき、その微笑。
 唇僅かに吊り上げ、獲物定めた猫のように細められた瞳に浮んだものは、悦。
 愉快、愉悦、そう言った感情に瞳を烟らせ、撫でる襟元に留められた見慣れぬピンバッチに、もしもこの時、どちらかが気づいていたならば……。



 けれどもう遅い。明確な形持たぬ水のように、物語の織り糸は指の間から滑り落ちた後だ。運命はすでに残った糸で、物語の続きを紡ぎ出してしまった。
 はたして完成する絵はかのアテナが紡ぎし雄壮なる英雄の物語か、それとも神々の不実を嘲笑ったアラクネの一枚か。



「――――ベンおじさん」



 不意に楓が張り詰めた空気に穴を開けた。
 虎徹が振り向いた、もうその時には先ほどの笑みは露と消え、いつもの楓がいた。
 その楓が、口元横一文字にきりりと引き締め、決意を固めた顔でスピーカーを睨みすえる。
「このまま、車を走らせて」
「楓ッ!?」
 罠だと叫び思いとどまらせようとするも、今この場に限定するならば、虎徹の発言など塵芥ほどの価値もない。
 この場の長は楓。何人(なんびと)も、アントニオやベンでさえも楓の決定に異を唱えられなかった。



「――――わざわざ誘ってくれたんだもの。乗ってあげようじゃない」



 大胆不敵で向こう見ずとも取れる笑みを刻む楓に指示され、トレーラーはひた走る。
 今は敵となったヒーローTVの誘導に従い、粛々と。決着の場へと。未だ見えぬ結末へと向かい、物語は加速を始めた――――。

あとがき

次回終了予定。

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