:正義の守護者:
1・我等は威風堂々と覇道を征く

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注意事項







1・濃厚な中二病スメル

2・楓ちゃんが別人

3・二十一話以降の話を完全無視

4・ヒーローズの扱いがひどい


以上の内容が含まれます。
苦手な方は回れ右してください。


















「ゥグァッ!」
 壁に叩きつけられ、身を砕くような痛みにうめき声を上げる。
 とっさに体を丸め受け身をとったが、殺しきれぬ衝撃が体を貫いた。
 腹と言わず背骨と言わず、体のあちこちにきしみが生まれる。
 頭上から振り注ぐ瓦礫の中、懸命に身を起こそうとする虎徹の耳に届く重い足音。
 体を覆う陰りに、まだしびれ引きつる瞼を開けばそこにいたのは雲つく巨人。
 巨人の正体は西海岸の猛牛戦車こと、ロックバイソン。
 ――――今は敵となった親友の姿だった。





「こンの……野郎……」
 鮮血したたる口角を歪め、虎徹は立ち上がる。
 押さえた脇腹が熱を持つ。体のいろいろな場所が熱いのに、ただ一点。脳だけは冷たく冴えていた。
 その脳が、あまりありがたくない現実を突きつける。




 ――――曰く、自分は今孤立無援である、と。




 ありえない。訳が分からない。いったい自分が何をしたというのか。
 ついこの間まで談笑していた仲間達から最悪の殺人犯と呼ばれ追いかけ回される。こんな惨めな現実をプレゼントしくさったのはいったいどこのどちら様か。
 さらに他のヒーロー達ならまだしも、ガキの頃からつるんでいる親友にまで忘れ去られているのは地味に堪えた。



『――――外道の分際でッ!』
「ッ!」



 鮮明に蘇る侮蔑の言葉が、立ち上がろうとした両の足から力を奪う。
 跪き、地につけた掌が瓦礫で傷つく。
 思えば喧嘩なんて両手両足の数を合わせても足りないくらいしてきた。
 その中には殴り合いも含まれていた。罵りあいだってやった。
 けれどあんな――――あんな、貶みを孕んだ言葉を投げかけられたのは初めてだった。
 たった一言にこれほどショックを受けるだなんて、自分は存外この男が好きだったらしい。




「ッガ!」
「……何笑ってやがる」



 らしくもない考え事にふけっていたのが悪かった。
 髪をつかまれ、強引に面を上げさせられる。
 涙でにじむ目に飛び込んでくるのは、表情の伺えない鋼鉄の仮面。
 皮肉にも、長年のつきあい故か。顔は見えなくとも雰囲気で分かる。
 この男が今自分に向けている感情が。怒りが。憎しみが。
 体の痛みを凌駕するほどに、よく分かる。


「……俺をどうするつもりだ」
 分かりきった問いかけに、返ってきたのはやはり予想通りの答え。
「当然警察に連れて行く」
「バニ……バーナビーには引き渡さないのか?」
 訊けばロックバイソンは忌々しげに応えた。
「今あいつにお前を渡したら、確実にお前は死ぬ。それだけのことをお前はやったんだ」
「お人好しだな、ロックバイソン――――殺人犯の命を心配してくれんのか」
「人殺しだろうがなんだろうが、死んでいい命なんてねぇんだよ」
 例え、仲間のかけがえない人の命を奪った人間であってもだ。
 鼻を鳴らし、これ以上話を続ける気はないとでも言うようにロックバイソンは踵を返す。
 エリをつかまれ引きずられながら、虎徹は唇を歪めた。



 あぁ。
 ……あぁ。
 …………あぁ。



 切なくなるくらい予想通りの答えと態度。
 変わっていない。親友は変わっていない。
 虎徹という存在、ただ一点を欠けさせただけで他は何も変わってはいない。
 それが、虎徹をひどく寂しく、悲しくさせた。
「……お前の中で俺ってその程度だったんだな」
 漏れ出た呟きが己が心を刳る。
 体と心から血を流しながら、虎徹は引きずられるままだった足に力を込めた。
 先ほどまで暗く淀んでいた瞳に生来の力強さが戻る。
 皮肉にも、痛みが虎徹の中の屈強さを呼び覚ます。




 ……行けない。まだ行けない。
 まだ捕まるわけにはいかない。
 自分にはやらなければならないことがある。
 この事件の真犯人を捜し、捕らえ、冤罪を晴らさねばならぬ。
 そうでなければ――――そう、しなければ……。

「ッ……おい?」

 ロックバイソンが足を止めた。いや、止めざるを得なかった。
 虎徹が今持てる渾身の力を込めて両足を突っ張ったためだ。
 何度襟を引っ張られようが、虎徹はビクともしない。
 ロックバイソンが腹立たしげに舌打ちした。
「ッ、往生際の悪い奴だな」
「あぁ、悪いだろう? あきらめの悪さと頑丈さだけが取り柄でな」
 切れて血のこびり付いた口の端をつり上げシニカルに笑う。
 虎徹はロックバイソンの腕を掴んだ。
 まだだ。まだ行けない。
 まだ――――だって、まだ。




「――――相棒にあんな顔させたまんまおめおめ捕まってられっかよぉ!!!」




 掴んだ腕を取る。足をすくう。背負う。そして――――
「ウオォォォォォッ!!」
 気合い一閃投げ飛ばす!




 路地に響く轟音。
 先ほどとは逆に、今度はロックバイソンがビル壁にめり込む。
 超重量の巨体を受けきれずに地響きを立てて壁は崩落。舞い上がる煙の向こうにロックバイソンの姿は消えた。
 虎徹はそれを確認すると即座に踵を返す。
 早くこの場から逃げなければ、異常音に気づいた他の追っ手がやってきてしまう。
 怪我を負っている今、エンカウント後の完全逃走は難しい。
 虎徹は軋む足を誤魔化しつつこの場から駆け去ろうとする。
 しかし。



「グガッ!?」



 首に絡まる無骨な指。耳に入る不穏な声。
「舐めた真似しやがって……」
 肩に埃を積もらせながら、怒りもあらわにロックバイソンが虎徹の首を捕らえた。
 僅かも傷ついていない綺麗なスーツが憎らしい。
 虎徹は必死に爪を立て腕を引きはがそうと暴れるが、驚異の防御力を誇るロックバイソンには通じず、逆に爪を傷つけるだけに終わる。
「……なるべく手荒なまねはしたくなかったが……仕方ねぇ」
 有無を言わさず吶喊してきた男が溜息をつきながら虎徹の首を掴む手に力を込める。


「落としてから、持ってく」


 宣言と共に気道を塞がれた虎徹は、朦朧とする意識の中で抵抗した。
 空気を求め喘ぐ肺。薄くなる酸素と自己。近づく意識の終焉。
 それでもあがく。
 あがいて、
  あがいて、
   もがいて、




 そして――――。




「もうやめてぇ!!」





 遠のきかけていた意識が鮮明に蘇る。
 あってはならない声が、シュテルンビルトの路地に響いた。



「お父さんを離して!」
「ぁ、ぇデェ……ッ!?」
 白く曇る目に飛び込んできた最愛の娘の姿に、虎徹の全身から一気に血の気が引く。
 なぜだ。なぜ娘がここにいる。
 危険な目に遭わせたくないから離れて暮らしていた。
 怖い思いをさせたくなくて正体を隠していた。
 なのにどうして。誰に連れられて。まさか一人で。どうして。なんで。どうしてっ!?

「ッ! なんだ、この子!?」
「おねがい、もう離して!」
 駆け寄り、懸命にしがみつく少女にさすがに危ないことはできないと思ったか、ロックバイソンは動きを止める。
 しかし万力の如き締め付けは変わらず、虎徹の体から酸素を閉め出す。
(クッソォ!)
 奥歯を噛み鳴らし、虎徹は再び腕に力を込めた。
 ロックバイソンが楓に危害を加えるとは思えない。
 しかし、今は状況が状況だ。何かの弾みで……という事態も考えられる。
 万が一、億が一でも可能性は潰しておきたい。


 娘への愛が生命の危機をも超越する。
 かすんでいた意識が急にクリアになり、どうすればこの窮地を抜け出せるかとめまぐるしく計算を始める。
 何があっても、己がどうなろうと娘だけは助けなければ――――。
 その思いを力に変え、虎徹は束縛から逃れようと抵抗を強める。
 気づいたロックバイソンがそうはさせじと再び力を強める。
 楓も、引きはがそうとするロックバイソンの腕に縋り付き離れない。
 三つ巴の抗戦。陥る膠着状態。
 虎徹が落ちるのが先か、それともロックバイソンが逃すのがさき――――




「――――離せというのが分からないの、"No4"」





 唐突に割り込む氷の如き冷たい響き。地獄を這うかの如き低い声音。
 それが、信じられないことに先ほどまでか弱く助けを求めていた娘から聞こえた。
 衝撃を受けたのはロックバイソンも同じらしく、喉を圧迫する手の力が緩む。
 急速に空気を取り込む肺。
 むせつつしわぶきつつ開いた気道から存分に空気を取り込む。虎徹は喘ぐ唇をゆっくり開いた。
「かェ……デ?」
 聞き間違いであれと願いを込めて虎徹は娘に話しかける。
 掠れた声に応じ、楓は面を上げた。



 ――――はずだ。




 はずだ、と言ったのは、どうしても目の前の少女が娘とは思えなかったから。
 背丈は同じだ。髪型も、顔立ちも、声さえも愛娘と同じもの。
 だが違う。
 少なくとも、虎徹の知る楓はこんな威圧感を出さない。目上相手にこんな軽蔑の眼差しをしない。
 だがこれが楓でないとするならば、いったい誰なのだろう。
 逃げるのも忘れて正体を測っていると、唐突に隣で息を呑む気配がした。


 ――――ロックバイソンだった。


 歴戦のヒーローが、なぜだか一回りどころか五回りは体格の違う少女に気圧されている。
 捕らえたままの虎徹など忘れたかのように、ロックバイソンはただ彼女――鏑木楓――を凝視し続けた。



「もう一度だけ言うわ、No4、いいえアントニオ・ロペス。

 ――――離せ」




 衝撃が雷となって虎徹、及びロックバイソンを貫いた。
 虎徹と同じく、ロックバイソンもまた素性を表に出さずヒーロー活動を行なっている。
 彼の正体を、バーナビーに傾倒している楓がわざわざ調べたとは思えない。
 一体全体どういうことか。
 ――――疑問は声にならず霧散した。




「――――"No3"……?」




 ロックバイソンが楓を見つめ、呟く。
 驚愕が込められたその言葉は、明らかに二人が既知であることを物語っていた。
 展開に追いつけず目を白黒させていると、ロックバイソンが勢いよく振り向く。
 穴が開くほどの注視を感じる。メットに隠されて表情は見えない。
 だが。


「こ……てつ……」


 声に、先ほどまでの悪意はなかった。
「あれ……な、何してんだ、俺」
 戸惑いと共に拘束は解かれ、虎徹はそのまま地面にへたり込む。
 地面にぶつけた尻が痛い。さっきまで絞められていた首が痛い。体のあちこち、痛くない場所がない。


 けれど――――。


「そりゃこっちのセリフだっつーの、バカ牛……ッ!」


 それよりなにより、親友の中で自分の居場所が甦ったことが嬉しくてたまらなかった。



「あー、くそ。バカ。ほんっとバカ。思いっきり首締めやがってよぉ……」
 笑いながら愚痴るという器用なことをやりながら、虎徹は面を上げ――――再び声を失う。
 目の前では、別のドラマが繰り広げられていた。








 男は――――ロックバイソンは静かに判決の時を待っていた。
 直立不動の姿勢から、いかに彼が緊張しているかが分かる。
 裁判官は一人の少女。
 冷厳、冷徹。私情の見えぬ表情で、じっと被告人を見据えるその姿が今は何倍にも大きく見える。
 どこにも、無邪気な少女の面影はない。
「――――評議会の決定を通告します」
 うなだれるロックバイソンを静かに見上げ、楓は唇を開いた。



「我々、"鏑木・T・虎徹後援会"は本日をもってシュテルンビルト支部次席の座からアントニオ・ロペスを解任しました」



 神、と聖女のごとき厳かなる眼差し。凛、と銀鈴のごとき清らかな響きをもってして、楓は宣言した。
 言葉には、神託を告げる太古の巫女のごとく抗うことを赦さぬ魔力があった。



「異論は――――?」
 楓の問い。ロックバイソンは小さく首を振った。
「言い訳は――――?」
 楓の問い。もう一度、ロックバイソンは首を振る。


「いいや、何も言うことはねぇ。決定に従う。例えどんな理由があろうとも、第一に守るべき誓い"この魂が削れようとも鏑木・T・虎徹の楯となる"を破った事は――――間違いない」
 言葉の裏には自嘲が滲んでいた。己が魂に刻んだ誓いすらも欺かれた哀れな男は、しかし泣き言一つ言わず静かに現実を受け入れた。
 すがった所で惨めさが増すだけ。それが分かっているのだろう。
 痛ましげに眉を寄せた楓は、消沈する男から視線をそらす。
「――――これまでのあなたの功績を考慮し、除名にまでは至りませんでした。次席の後釜に関しては支部代表ベン・ジャクソンから追って話があります。後援会からは以上です――――あの、ね、おじさん」
 声の調子が変わった。それまで凛と、どこか高圧的だった言葉と態度がほろほろと崩れ去り、年相応の不安げな顔が姿を現す。
 楓は胸の前できつく、震える指を握りしめた。


「ここから先は、後援会のNo3ではなくただの"鏑木楓"としてお願いします。アントニオおじさん、ワイルドタイガーを――――私のお父さん、を、たすけて……くだ、さい……」


 糸の切れたマリオネットのように、楓はその場で膝をついた。途切れ途切れの懇願。震えるか細い肩。顔を覆う指の隙間から雫がこぼれ落ち、アスファルトに染みを作る。
「おねがいです……おねがい……もうおいてけぼりはいやなの。やっとやくそく、まもってくれそうなの。おねがい……おとーさん、をっ、わたし、の、ぱぱ、を……」
「――――ッ!」
 少女のささやかな、けれど今は何より叶うこと困難な願いの続きは、ロックバイソンの胸に吸い取られた。
 壊れそうな体を再び繋ぐかのように優しく強く、ロックバイソンは胸に少女を抱く。
 呻くように絞り出した声には、真摯な重みがあった。
「……俺は一度裏切った人間だ。こんなことを言うのは虫がよすぎるし信じられないかも知れない。けれど――――」
 一度言葉を切る。まるで、自分の中に"誓い"を染みいらせるかのように。もう二度と、"魂"に背かぬように。



「誓う。俺は――――ロックバイソンは、アントニオ・ロペスは必ず鏑木・T・虎徹の冤罪を晴らし、無事家族の元へ送りとどける」



 信じてくれるか?
 囁きに、楓は一瞬息を詰めた後小さく頷く。
 楓はロックバイソンの腰に細い腕を回すときつく抱き返した。
 まだ涙で汚れたその顔には、ゆりかごに収まった赤ん坊のように穏やかな笑顔が浮んでいた。
 
 







 
 ……感動的だった。感慨深かった。感銘すら受けた。







 でも訳が分からなかった。


 鏑木・T・虎徹、もうじき不惑。
 話の中心にいながら絶賛放置中。光速置いてけぼり中。
 まるで自分を主役にした映画でも見ている気分だ。
 ただし、徹頭徹尾主役は登場せず蚊帳の外。シュールの極み、ここにあり。
 いったいどうしてくれよう、この寂しさ。
 まったくどうしてくれよう、この羨ましさ。
 乱入すべきか。見守るべきか。
 かの有名なセリフをもじった文句がグルグル頭の中を回る。
 とりあえず、最愛の娘に頼られているあの羨ましいあの牛は後でチョップしておこうと心に誓った。




 手を出し倦ねていると、やっと楓がロックバイソンから離れる。
 頬には涙の筋が幾つもついていた。
「お父さん……」
「楓……」
 痛む体を押して立ち上がり、歩み寄る娘の体をそっと抱き込む。
 いつもなら怒るか逃げるか罵るかされるのだが、今は素直に抱きしめられてくれる。
「なんで……お前こんな所に……」
「なんで、じゃないよ!」
 楓は虎徹の腹に顔を埋めたまま怒鳴った。


「ほんとお父さん何してるの!? 殺人犯とか、逃亡犯とか……。ご近所騒然なんだからね! お店の電話鳴りっぱなしで村正おじさん半ギレなんだから! しかもヒーローとか……ワイルドタイガーとか……なにそれッ!?」
 私聞いてない!
 胸にたたきつけられる拳を受け止めつつ、虎徹はただ静かに娘を抱きしめる。
 言い訳はしない。何度もごめんと、そう呟きながら楓の気が済むまで動かない。
 もしかしたらこの温もりをもう二度と抱けなかったかも知れないのだ。
 ただただ、想いを込めて抱擁する。腹に熱く染み渡る涙さえも今は愛おしかった。



 ――――楓の気は、割と早く済んだらしい。



 それまで殴打していた手を止め、楓は虎徹から身を離す。
 名残惜しくて俯く娘の頭を撫でていると、鬱陶しげに払われる。
 上げた面には、すでにいつもの勝ち気な楓本来の表情が戻っていた。
「……一生許してあげないんだから」
「そりゃ願ったり叶ったりだ」
 可愛らしくしかめる顔に笑顔を返して、虎徹は再び頭を撫で――――る、前にまた払われた。


「もぅ! こんなことしてる場合じゃないでしょ! こっちきて!」
「おおぃ、かえでぇ……ッ!」
 ふくれっ面のまま駆け出す楓の後を慌てて追いかけようとする。
 が、数歩進んだ所で瓦礫に足を取られ体勢を崩す。
 再び訪れる地面との熱い抱擁――――は、丸太のような腕によって阻止された。


「っぶねぇなぁ……」


 腕をがっちりと腰に回され、支えられる。
 歩き出すのと一緒に、舌打ちが二つ、同時に鳴る。
「無茶すんのはガキの頃からかわらねぇんだから」
「――――やー、さすがヒーロー様。ド外道野郎にもずいぶんお優しいこって」 
「……後で土下座でもバーのツケ肩代わりでもハンドレットパワーで殴られるのでも何でもしてやるからそれ忘れてくれ」
「やなこった。あと十年はこのネタ使わせて貰うからな」
 ひとまずはバーのツケよろしく。
 切れた口の端を無理矢理つり上げ笑えば、ロックバイソンも応じるようにメットの下で小さく笑い声をたてる。
 耳をくすぐるその声に自身もまた笑みを深めながら、虎徹は気取られぬよう、ロックバイソンの肩に回した手に力を込めた。


 心が流す血はどうにか止めることができた。まだ胸の痛みが治まったわけではないが、それで充分だ。
 だって、もしかしたらもう二度とこうして馬鹿話をできなくなっていたかも知れないのだから……。
(そう思えば、まだいいじゃねぇか、なぁ、鏑木虎徹)
 何も変わらぬ状況で、今はそれだけが救いだった。





「……ところで、さぁ」
 せかす楓を必死に追いながら、虎徹はロックバイソンを仰ぎ見る。
「さっき言ってた……あれ、なんだ?」
「あれ?」
「ほら、あれだよ、あれ。あのー"鏑木・T・虎徹後援会"っての……」
 聞いたこともない団体名に首をかしげれば、しびれをきらしたのか眦をつり上げた楓が駆け寄る。
「もぉ! アントニオおじさんもお父さんも遅すぎ! すっかり二人を待たせちゃったじゃない!」
 答えを聞く間もなく、自由になっているほうの腕をとられ、はやくはやくと急かされる。
 虎徹はなるべく傷にさわりがないよう慎重に急ぎ、路地を抜けるとそこには――――。





「べん、さん……?」
「よぉ、男前が上がったな、虎徹」





 いつものタクシーからは様変わりした巨大なトラックの運転席から、かつての上司が苦笑いで現れた。

あとがき

二十一話以前の設定で書いています。いわゆるパラレル状態。
牛さんの「どこが親友やねん!_」とツッコミ入れたくなる態度に全私が涙した。
全三回及び楓ちゃん無双を予定してります。

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