:その理由わけを教えてくれ・G:
中編

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「いるかァッ! 虎徹うぅぅぅうううううううっ――――!?」








 破砕音と共に頭にグローブひっつけた怪人ではなくロックバイソン改め親友のアントニオ・ロペスご登場。
 なぜか片腕に板のような物、もう片方の手にはちぎれたドアノブを握っている。
 とっさにバーナビーを背に庇っていた虎徹は、抱えられている物の正体に気づき、恐怖も忘れて怒鳴り声を返した。


「お前なにしくさってんだ牛いいいいいいぃぃいいいぃいぃぃぃぃ!!! それ俺ン家のドアじゃねぇかああ!」
「しょうがねぇだろ、開かなかったんだよぉッ!」
「こんな夜中だぞ! 鍵かけてて当たり前じゃねえか! 第一用があるなら先にチャイムくらい鳴らしやがれェ!」


 胸ぐらを掴み上げ声を荒げれば、負けず劣らずアントニオも虎徹の胸ぐらを鷲掴む。
 喉の奥が見えるくらい近づく、鬼の如き怒りの形相。
 頭から喰われるのではないかと思うほどの至近距離でアントニオは、
「鳴らしたに決まってんだろうが! それこそ何か新しい音楽ジャンルが生まれるんじゃないかってぐらいの勢いで! しょうがないからドアも叩いたけど反応しなかったし! 聞こえてたんならお前なんで出なかった!?」
 眼前でぴくぴくと動くアントニオの額の血管を見つめ、虎徹は血の昇った頭に疑問符を踊らせた。


 ――――チャイムなんて一切聞こえなかった。
 ノック音が聞こえるまで、それこそ家の中も外も皆死に絶えたかのように静かだった。
 ひょっとしてチャイムが壊れていたのだろうか?
 昼間、娘とのデート前にやってきた訪問販売員が、それこそ親の敵のように鳴らしまくっていたから、もしかしたらその時イカレてしまったのかも知れない。
 大家になんて言おう。修理するのにいくらぐらいかかるだろうかと胸中算盤をはじく虎徹の耳に、小さな舌打ちが届く。



「……ッ、鳴らない時点で諦めればいいものを……せっかく壊したのに……」

「「オイ、そこの女装男子いいいいいぃぃぃぃぃ――――ッ!!」」




 虎徹とアントニオの雄叫びが重なった。
 どこかの合唱団からスカウトが来るくらい、綺麗なハモリだった。

「なんだ、どうした、なにやってんだ! 俺ン家のチャイム壊してお前になんのメリットがあぁ!?」
「もしかしてこのドアもお前の仕業か、バーナビー!」
 アントニオが、抱えていたドアをバーナビーの眼前に突きつける。
 ドアの端には、溶けたような跡があった。

「溶接が甘かったようですね。反省します。反省して、今度はもっと完璧に仕事して見せます」
「オイコラー!」
 眼鏡をきらりと光らせ決意を固めるバーナビーに向かい、虎徹は顔を青くして怒鳴った。
 なぜこの男は言うこと成すこといちいち不穏なのかと今さらながらに疑問が湧く。
「いったいどこで習得したんだよ、そんな技術!」
「あらゆる出来事に対処できてこそのヒーローですよ」
「謝れ! レジェンド像に向かって額擦りつけて土下座してこい!」
「モォ! 今はんなこたぁどうでもいい!」
 不遜な後輩を射貫くように睨み、怒鳴る虎徹を制するアントニオ。
 変わらず額には青筋が浮いているが、さっきよりは落ち着いている。だが、ここで収まらないのは虎徹の方。
「どうでもいいたぁ、どういうことだ! 俺ン家のドアがたった今殉職したんだぞ!」
 今度は怒りの矛先をアントニオに代えた。





 ところへ。




「スカーイハァァァァァアアアアアアアアアアアイ!!」
 響く咆吼。割れる窓硝子。





 外から溢れる月明かりをきらきらしく反射させた硝子片を周りに飛び散らせ、現れたのはスカイハイことキース・グッドマン。
 パーティの時よく着ている白いタキシードが所々赤く染まって水玉を成している。
 まるでピエロの衣装のようになんともポップだが、こんなのが幼児番組に出てきたらその日一日抗議の電話が止むことはないだろう不吉な仕上がり。
 華麗に着地を決めた後、焦ったようにキースは周囲を見回す。
 思っても見ない人物と場所からの登場に呆然と固まっていた虎徹と目があった――――瞬間、キースはその表情を泣きそうに歪めて虎徹に一気に詰め寄った。


「大丈夫かい、ワイルド君!? なんだか君が赤く見えるがどこか怪我でも!?」
「そりゃ、頭から流れてる血がお前さん自身の目に入ってんだよ! そっちこそ大丈夫か、スカイハイ!」
「私は平気だ! そして平気だ! やはり君の方が心配だよ、ワイルド君。いつの間に分身の術を習得したんだい?」
「絶対それ貧血おこしかけてるよな! 絶対お前の方が無事じゃないよな!?」
 ド派手な侵入者の登場に、現場は一時騒然。
 病院へは行かないとぐずるキースにどうにか一時的な治療を施した所で事態をいったんリセット。仕切り直しにはいる。





 ――――やたら風通しの良くなった部屋の中央。ソファに腰掛ける虎徹と、その前の椅子に座る他三人。
 壊れたドアや窓は、カーテンなどで応急処置しただけで後は手つかず。
 今はとにかく、このような事態に陥った原因が知りたかった。


「……お前らさ、いったいこんな夜更けになんのようだよ」


 虎徹は疲れ切っていた。
 一体全体なぜこのような事が起きたのか。
 昼間はあんなにも楽しく娘とデートして幸せ気分だったのに、なぜその気持ちを翌日まで持ち込ませてくれな
かったのか……。
 自分は何か彼らか、もしくは神とやらにでも恨みを買っているというのか。


「とりあえず、右端から順番に理由教えてってくれ」
「実は……」
「って折紙ィッ!?」
 今まで影も形もなかったはずの折紙サイクロンことイワン・カレリンここに来て登場。
 他の三人のように椅子には腰掛けず、神妙な面持ちで床に正座している。いつものスカジャンではなくなぜか紋付き袴を着ていたせいかその姿勢は妙にハマっていた。

「お前、いつの間に……ッ!?」
「誰にも気取られず空気のごとく風景に溶け込む……それができなければ見切れ職人とは言えません」
「お、おぉう……なんか、格好いいな」
 結局いつからここにいるかの説明にはなっていないが、にじみ出る職人の風格に押されてこれ以上の追求はできなかった。
 ――――さて、これで図らずも虎徹宅にシュテルンビルト男子ヒーローズ勢揃い。
 ネイサンは数に数えない。数えたら、燃やされるから。




 虎徹は目の前に広がる光景をぐるりと見回し、頭を抱えた。
 
 ――――もうなんなのだろう、本当に。
 
 自分の家に、ヒーローズが揃いぶんでいるあり得ないこの光景。
 寝間着姿の自分と普段着のアントニオを覗けば、他の三人はこれからパーティに赴くように見えなくもない。
 示し合わせたようなその姿に、虎徹はひとつの推測を出す。


「……お前ら、仮装パーティのお誘いに来たの?」
「おじさん、頭大丈夫ですか?」
「その言葉、そっくりそのままGoodlacモードでぶち返す!!」
 まさか女装姿で不法侵入かました男から正気の心配をされるとは思わなかった。
 きっと今この瞬間、バーナビーほど世界で一番「お前が言うな」が相応しい人間はいまい。

「じゃあなんだよ! なんでお前ら俺ン家来たんだよ! っていうか俺アントニオ以外に家教えてねぇぞ!」
 吼えれば、正装姿の三人は平然と、


「会社のデータにハッキングして調べました」
「ヒーロースーツで君の会社の人に訊いたら私のファンだったらしく快く教えてくれたよ!」
「タイガーさんに化けてアポロンメディアに潜り込み調べました……」
「全員正座のち反省――――ッ!!」


 全員わりと禄でもなかった。バーナビーに至っては軽く犯罪臭すらする。――――今更という気がしないでもないけれど。
「あぁ、もう! 話進まねぇなぁ! とりあえず最初の予定通り、折紙ィ!」
「はいッ!」
 正座のまま飛び上がるイワン。膝の上で握りしめた拳がふるふる震えて、まるでイタズラが見つかった子供のような怯え方である。
 その様子にとたん虎徹はどこか尻が落ち着かなくなる。生来子供には弱い質だ。理不尽にいじめているような気分を誤魔化すかのごとく後ろ頭をばりばり掻きながら、
「えーと、お前から教えてくれ、俺ン家に忍び込んだその理由を……」
「はい。あの、実は……」
 イワンが懐から紙切れを取り出し、虎徹の前に置く。
 すると、それを見たアントニオ、キースの顔色が変わった。


「おい虎徹、俺も――――」
「ワイルド君、実は私も――――」
 それぞれイワンと同じように懐から紙切れを取り出し眼前に置く。
 どちらも同じサイズ、同じ色の薄い紙。
 一体何が書かれているのかと手元に引き寄せのぞき込んだ虎徹の後頭部に、誰かが見えないハンマーを振り下ろした。
「なっ、な、な……」
 今日は本当によく言語機能が壊れる日だ。
 ついでのおまけに目までおかしくなったらしい。
 虎徹は何度も目を擦り、紙切れを見直すが書いている内容は変わらない。
 どれだけ願い祈り望んでも内容が消えたり変化したりすることはなかった。
 三人が差し出した紙は、全部同じ。




 バーナビーと虎徹の名前が書かれた、婚姻届だった。




 ウン年前、今は亡き妻と一緒に出しに行った懐かしの婚姻届。まさかもう一度見ることになるとは思わなかった。
 あの時は夫の欄に自分の名前が書かれていたが、今は妻の欄に移行してしまっている。
 一体これは、何の冗談か。

「今日帰ったら郵便受けに入ってた。どういうことだ、虎徹!?」
「そんなん俺が知りたいわ! って、うわっ、ちゃんと実印まで押してある……ッ!」
 突きつけられた現実に、薄気味の悪い戦慄が背骨を駆け抜けた。
 判子は、きちんと他の貴重品と一緒に家のある場所に隠してある。
 犯人はわざわざそれを探し出し、こんな嫌がらせめいた書類を作ったのだろうか。
 虎徹は自分のいない部屋で蠢く顔の見えない影を想像し、震える自分の肩をキツく抱きしめた。
 一瞬場がしん……と静まりかえる。
 そんな中、
「おじさん……」
 一人、バーナビーが表情を和らげ、優しい声でいたわりをかけた。


「おじさん、下着の中に貴重品隠すのやめた方がいいですよ。あれ、割とわかりやすいですから」
「犯人お前か――――ッ!!」


 シリアス終了。ホラー再開。
 後輩がガチで泥棒だった。しかも悪気なんて一切ないのが一目見て分かる。
 最近の若者はみんなこうなのだろうかと、虎徹は得体の知れない恐怖に今日何度目か分からぬ戦慄を覚えた。

(もうやだ、最近の若者事情こえぇッ!)
 青い顔をしてソファの背にしがみついていれば、気色ばんだアントニオが言うに事欠いてとんでもないことをのたまった。

「虎徹ッ! お前こいつと再婚する気か!?」
「せんわ! っていうかできんわ! むしろする気もないわ!」

 心なしか滲んだ声で唸るアントニオ。
 バーナビーに感化されたか。こっちはこっちで同性同士という問題点が見えていない。
 ……いや、最初から見えていればこんな夜中に偽造された婚姻届もって真偽を確かめになどこないだろう。
 
 だが親友の心配はたんなる杞憂である。あいにくと虎徹には再婚する意志などまったくない。
 なにせ気分は今でも妻帯者。せめて楓が大人になるまではと、そういった話題は避けてきた。
 なのにどうして今さらこんな話が持ち上がったのか。
 それも、娶られる側が自分だなんていったいどこでなにがどうねじ曲がったのか。
 もしかしてこのルーキー、復讐に人生を捧げすぎてそう言った知識自体ないのか。
 一度とっくり、後輩とは話し合った方がいいようだ。


「あのな、バニーちゃん」
 立ち上がった虎徹はバーナビーの前で行くと膝を折り、こちらをまっすぐ見つめる緑眼に視線を合わせた。
 幼く分別のつかぬ子供にするように、ゆっくりとした声で、

「おじさんな、バニーちゃんとはけっこん……」
「おじさんは、ずっと僕を支えてくれました」

 虎徹の声を遮る、バーナビーの真剣な声。
 虎徹は一瞬息を呑んだ。
 間近で見る、澄んだ翠の目には強く純粋な決意が浮んでいる。

「本当はずっと言いたかったんです、感謝してるって。ずっと、ジェイクとの戦いが終わっても僕を気にかけてくれた。そばで支えてくれた。信じてくれた。――――嬉しかった」
「バニー……」
 虎徹の唇から吐息が溢れる。
 バーナビーの告白は、虎徹にとって意外なものだった。
 初めて出会ったときからバーナビーの態度は硬質なものであり、正直ずっと疎まれているのだと思っていた。
 最近では少しずつ軟化し始めていたが、それでもやはりトゲが残っているように感じていた。
 けれど今、虎徹を見つめる表情はどうだろう。
 春の日差しのごとく暖かで、聖母のように清らかで、表情だけでなく体全体から虎徹への信頼がありありと浮んでいる。
 言葉を失う虎徹の手を握るその手つきは、まるで壊れ物を扱うかのように優しく柔らかく……

「というわけで結婚しましょう、おじさん」
「はいおかしいー。それおかしいー。簡単に常識をショートカットしなーい」

 ほのぼのタイム終了。再びツッコミがいのある展開に舞い戻る。
 じと目で即座に首を振る虎徹に対して、バーナビーは涙目で激昂したように声を荒げた。

「どうしてですか、おじさん! 僕なら若いしハンサムだしお金もあるし娘さんにも慕われてるし絶対お買い得ですよ! 即決ものですよ! これ以上ないくらい優良物件じゃないですか!」
「顧みようか! まずバニーちゃんは自分の性別を顧みるべきだとおじさん思うなぁ!」
 なぜ一番無視してはいけない問題をたやすくジャンピング無視してしまうのか、この青年。
 色々と頭が痛い展開だが、しかしバーナビーが向けてくれ親愛は素直に嬉しい。
 虎徹はとりあえずこの向こう見ずな青年のために妥協案を出してやった。

「あのさ、バニーちゃん。年の離れた兄弟とかじゃダメ? 別に感謝の気持ちを伝えるために結婚する必要は……」
「なに言ってるんですか、兄弟じゃエロいことできないじゃないでしょ」
「だったらなおさら結婚はできねぇよ!」

 虎徹は体中から血の気を引かせバーナビーから逃れようとした。
 さっきまでの嬉しさが向けてくれた当人によって粉みじんに砕け散る。
 ……真剣だった。バーナビーの表情は真剣だった。そして剣呑だった。
 いったいなにが悲しゅうて男と懇ろになりたがるのか。
 こいつの面ならよりどりみどり日替わりで女をとっかえひっかえできるだろうに、なんでこんなひげ面のオッサンを選ぶのか。
 虎徹の頭が疑問符で埋め尽くされてゆく。
 だがバーナビーは本気らしい。
 さっきまで羽根のように柔く握られていた手が、今や万力の如き力を持ってして虎徹の手を握りしめている。
 このままコンパクトに圧縮されてしまうのではないかと恐怖で背中に一筋、冷や汗が流れた。

「ちょ、ちょ、痛い、ばにーちゃ、いた……」
「ちょっとまった!」

 突然声と共に衝撃が走り、手がはじき飛ばされる。
 痛みの走る手を撫でていれば、眼前に虎徹を庇うかのごとく仁王立つ親友の背中。
 全身から怒りが陽炎のように立ち上り、その巨体を揺らめかせている。

「俺は認めねぇぞ、バーナビー。こんな虎徹の意志を無視したやり方……」
「アントニオ……」

 虎徹は感極まったように親友の名を呟く。
 アントニオは本気で怒ってくれている。友人とはいえ、他人である虎徹のために、こんなにも本気で。
 それが嬉しくて、ありがたくて、虎徹はそっと自分を庇う友人の背に手を、




「お前みたいな青二才にこいつは渡さねぇ! こっちは二十年近く見守り続けてる上に直にこいつの女房から後を任されてんだぞッ!」
「無視してんのはお前も一緒だろ! 一体全体この牛になに言っちゃってくれちゃったんだよ、友恵さ――――ん!?」




 親友からの仰天告白に、今は亡き妻の写真に縋り付く虎徹。
 だが、写真の中の妻は優しく笑うばかりでなにも答えてはくれない。
 いったい何をどう任されたのか。親友に直接問うのが恐ろしい……。
 虎徹は恐る恐る親友と後輩へ視線を戻した。
 映る視界には、間に火花が散りそうなほどにらみ合う二人がいる。



「二十年? 見守っていた? ハッ、戯言を。ただ単にあなたは臆病だっただけでしょう――――僕と違って」
「てめぇ……」



 侮蔑を隠そうともせず言葉にするバーナビーに、血が流れそうなほど眥を決すアントニオ。
 心なしか、二人の周りの景色が立ち上る怒気で歪んで見える。
 ――――あいにくとあの中に飛び込んでゆく勇気は虎徹にはない。
 虎徹は仕方なく、別の問題を片付けに入った。

あとがき

かくて虎徹宅に問題勢揃い。
話は次回、収束に向かいます。

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