:その
後編
「……スカイハイは、なんでうちに来たんだ?」 「うん! よく聞いてくれた!」 眼前の怪獣VS宇宙人から逃れたい一心で、それまでおとなしく順番を待っていたらしいキースに水を向ける。 キースは、待ってましたとばかりににこやかな笑顔を向けた。 眼前で女装姿の同僚が舌戦を繰り広げているというのにまったく意に介さぬ泰然さが羨ましい。 ただ、語るキースの表情とは裏腹にその内容は到底にこやかに聞いていられないものだったけれど。 「例の婚姻届が私の元にも届いたのは、さっき説明したね?」 「あ、ああ……」 正直冗談だと思って捨てて欲しかったのだが、根が純粋な彼はバーナビーと虎徹の結婚を信じてしまったらしい。 キースの告白は続く。 「添えられていた手紙にはこの婚姻届はコピーで、本物はもうワイルド君と一緒に出しに行ったと書いてあった。私は驚いた。そしてすごく驚いた……」 ショックだったと憂い顔で首を振るキースに、虎徹もまた沈痛な面持ちで同意する。 なにせ突然仲間から、それも男同士の婚姻届なんて受け取ってしまったのだ。 純情なキースのこと。 その心中たるやきっと虎徹の想像を絶するほどに、 「なので、もう君と駆け落ちするしかないと思ったのだよ!」 「だからなんでそうなるんだ――――ッ!?」 ここにもいた常識エスケープの使い手。 天然ボケだが比較的常識人だと思っていただけに虎徹の驚愕もひとしおである。 虎徹は顔を青くして、場違いなほどさわやかな空気振りまくキースに詰め寄った。 「どうした、スカイハイ!? やっぱりさっきの怪我のせいか!?」 「いいや、もう血は止まったし痛くない。心配してくれてありがとう。そしてありがとう!」 いつものポーズを決めて朗らかに笑うキース。心配しているのは、なにもそこではないというのに……。 虎徹は痛むこめかみを押さえつつ、話を続ける。 「ええと、じゃあその格好は……」 「花嫁を攫うのに失礼のない格好をと思ってね。ああ、君は着の身着のまま来てくれていい。ドレスはこっちで用意するから!」 「着ねぇよ! オッサンのウェディングドレス姿なんて誰が得するんだよ! そんなんとんだ視覚兵器じゃねぇか!」 「そう来ると思って白無垢用意しておいたでゴザル!」 「折紙サイクロン、お前もか――――ッ!?」 自信満々笑み爛漫。 常にないほどのハイテンションで目にも眩しい真っ白な白無垢の花嫁衣装一式を差し出すイワンにツッコむ虎徹。 もう本当にあり得ない事態に目の前が暗む。 虎徹は二人に対し完全に拒絶の態勢をとるが、キース、イワンの両名はめげる様子がない。なんだか知らない間に嫌な包囲網ができていた。 「タイガーさん……。僕はあなたに、けして諦めないヒーローの心を教えてもらいました」 イワンがしみじみと呟いた。その瞳に去来するものは、かつて親友を庇ったときに見せたあの強い決意の色。 「そして今がその教えを生かすとき! タイガーさん、僕のために毎日ミソスープを作ってください!」 「おじさんインスタントしか作ったことねぇよ! って言うか俺が教えたヒーローの心はそんな事に生かすもんじゃねぇ!」 「ワイルド君! 私とジョンの為に毎日目玉焼きを焼いてくれないか?」 「最終的にはぐっちゃぐっちゃのスクランブルエッグになるけどいい!? つかだから結婚から離れろ! 俺は誰の所にも嫁ぐ気はねぇ!」 「そうですよ! おじさんは僕のために毎晩ミルクを……」 「お前はあっちで牛と遊んでろ――――ッ!!」 最後にバーナビーへのツッコミを終えた時点で、虎徹の肺活量は限界に達しようとしていた。 叫び通しのためかぎしぎしと痛む喉を押さえ、虎徹は眉根を寄せる。 肺活量だけでなく気力も限界だった。 あり得ない現実。信じたくない状況に、精神が雨に晒された塩柱のごとく削られてゆく。 それでも倒れない。泣き言は言わない。 男としての矜持が、萎えそうになる両の足と背骨に活を入れる。 「とにかくな、お前ら一回落ちつ――――ッ」 なだめる言葉が途切れる。 虎徹の背後上部、ベッドルームからした気配に全員がとっさに身構える。 (まさか……) 当たって欲しくない予想に、虎徹の背中を冷や汗が一筋、流れ落ちる。 虎徹はロフトの気配、その主を知っている。 一気に全身から汗が引いた。 「お、おい、お前ら! 今すぐ帰れ!」 虎徹は囁くように小さな声で、(元)玄関を指さすとヒーロー達に退去を促す。 突然の帰宅命令に訝しげな顔のヒーロー達だったが、焦る虎徹の目には映っていない。 とうとう無理矢理背中を押しながら、 「いいからとっとと……とくにバニーは一刻も早く帰れ!」 「ハァッ!? なんで僕だけ……」 「いいから、はや」 「……おとーさん?」 闇夜に小さく落とされた寝ぼけ声に、虎徹は硬直した。 ロフトから降りて気配。その主とは何を隠そう愛娘の楓であった。 実は楓は翌日フィギュアの発表会を控えていた。 総決算とも言うべき大事な発表会で、なるべく万全の体制で挑みたい。 そのため、いつもはデートの後すぐ実家へと帰るのだが今日ばかりは会場まで近い虎徹宅に泊まることとなったのだ。 正直、あんなに騒いでいたのに今の今まで眠っていたらしいその剛胆さには驚きを隠せない。 凄いぞ、楓。さすがは俺の娘と、賛美しながら一方で虎徹は焦った。 どうしよう。いったい娘にこの惨状をどう説明しよう。 玄関からドアが消えて、窓が壊滅していて、さらにテレビの中でしか見たことのないヒーローズがいて――――。 特に一番悲惨な格好のバーナビーは。楓が憧れ焦がれているヒーローが女装した姿で父親の家にいるというこの状況をどうやって……。 今の部屋の惨状よろしくしっちゃかめっちゃかに混乱する脳内。 虎徹は娘の反応を恐れて目も開けられず、振り向けもせずにいた。 そんな虎徹の耳に、場違いなほど爽やかな声が届く。 「ハァイ! こんばんは、楓ちゃん」 「オイ、ブルックスJr――――ッ!!」 一番会わせてはいけない相手の声に、脊髄反射で叫ぶ虎徹。 なんてことをしでかしてくれたのだろう、この女装兎。 憧れの人物から女装姿でこんな爽やかに挨拶されたら、正直虎徹なら気絶か絶句かショックで泣いているかどれかしている。 「あ、あの、かえで……」 虎徹は娘を慰めようと恐る恐る振り返る。 だが振り向いた先には、虎徹が想像していたようなむごい光景は微塵も広がっていない。 楓の反応は、虎徹の予想とはどれも違っていた。 「え……うそ……」 楓は呆然としていた。 呆然と、頬を赤らめていた。 なにせ常日頃から好きだと公言している憧れのヒーローが目の前に現れたのだ。 いったいいつ用意したのか。そしていつ着替えたのか、バーナビーは仕立ての良いタキシードを着込んでいる。 他のヒーロー達は姿を消していた。空気を読んでどこかに隠れてくれているらしい。 「な、なんで!? なんでバーナビーがこんな所に!?」 ごめんな、こんなところで。 娘の言葉にいちいち傷つきつつ、虎徹はバーナビーの動向をうかがう。 何か妙なことをしたら即座にぶちのめしてやろうと楓に合わせて屈んだ相手の背中を睨みつけた。 だが、楓もバーナビーも虎徹の眼光には一切注意を向けていない。いや、むしろ楓に至っては虎徹がここにいることすら気づいていないようだ。それくらい、バーナビーに夢中だった。 「! あ、あの私こんな格好で……ッ!」 楓はカッと耳まで真っ赤になりながら自身の体を抱きしめた。寝間着姿だったのにようやく気づいたらしい。 恥じらいに身を染める楓の髪を、バーナビーはあやすように撫でる。 「いいんですよ。そのままで」 バーナビーは囁くと共にそっと楓に視線を合わせる。 テレビの中で見るのと同じ、バーナビーの優しい微笑みをうけ、楓は瞳を潤ませた。 「……バーナビー、さん……」 「仕方ないです。だって――――」 これは、あなたの夢ですから。 囁きが終わると同時に、楓はくたりとバーナビーにもたれかかった。 「楓ッ!」 とっさに駆け寄り、抱きしめる。揺さぶってみるが反応がない。 楓の意識は、完全に墜ちていた。 「てめぇ、バニー……ッ!」 「落ち着いてください、おじさん」 娘を守るように抱きしめ、射殺さんばかりに睨みつける虎徹の敵意を悠然と受け流し、バーナビーは楓を指した。 「大丈夫、楓ちゃんは寝てるだけですよ」 バーナビーの指摘に、すぐさま確認すればたしかに楓は静かに寝息を立てている。 その安らかな寝顔に、虎徹は大きく息を吐くとその場にへたり込んだ。 安堵が体から力を奪う。 「良かったぁ、かえでえぇ……」 「まったく。早とちりですよ、おじさん」 呆れたように苦笑するバーナビーに対し、虎徹は唇を尖らせもごもごと口腔で言い訳を呟く。 「だってよぉ……いきなり倒れられたから俺てっきりお前が何かしたのかと……」 「それなら安心してください――――このスプレーは人体に悪影響を及ぼしませんから」 「ほらやっぱりお前なんかしたんだ――――ッ!?」 当てたくない予想ばかりが大当たり。 虎徹はバーナビーが手の中で弄んでいる小さなスプレー缶を見て悲鳴を上げる。 しかし結構な大音量、そして間近で叫んだと言うのに、抱きしめた楓は全く目覚める様子がない。 それだけ、"スプレー"とやらの威力が絶大なのか。目の当たりにした現実に、これ以上引くことがないと思っていた血の気がさらに引く。 「なにそれ、なんだよそれ、どういうことだよそれ――――ッ!?」 「斉藤さん印の催眠スプレーです。試作品なので一回分しかありませんが」 言って、バーナビーは口惜しげに眉を寄せた。 「本来はおじさんに使う予定だったんですけどね……」 「ありがとう楓、俺の天使!」 身を以て守ってくれたとしか思えない偶然に、虎徹は感謝を込めて力一杯娘を抱きしめた。 感激に身を震わせる虎徹の肩に、そっとバーナビーが手を置いた。 虎徹を見つめるその目は、甘く優しい。 「じゃ、楓ちゃんも寝入ったところで僕らもベッドに入りましょうか」 「当然お前は帰って自分家のベッドだよな!?」 そうだろう。そうであれ。そう言ってくれ。 諸々の願いを視線に込めて見つめれば、バーナビーは不思議そうな顔で首を振る。 「何を言っているんですか。夫婦が寝ると言ったら同じベッドに決まって 「「言うに事欠いて誰が夫婦だこの与太ルーキー!!!!!!」」 物陰から登場した親友と再び奏でる怒号のハーモニー。 ただし楓の存在を意識してか、声量はだいぶセーブされていた。 さらにそこへ参戦キース、イワン。 各々が各々、好き勝手に牽制と威嚇を繰り返す。 「いい加減帰ったらどうですか、皆さん! こんな夜更けに非常識なッ!」 「お前にだけは常識説かれたくねぇよ、この兎の皮被った狼め! つーかモォお前らが帰れば全部済む話だろうがァッ!」 「そうはいかない、そしていかないぞバーナビー君達! 私はまだワイルド君にどんなウェディングドレスがいいか訊いていない!」 「あ、あの、タイガーさん! 白無垢とお色直しの打掛け着て貰った所写真に撮っていいですか? ――――ブログには載せず個人で楽しむだけにしますから!」 四方八方、四面楚歌。 重なる牽制の包囲網に、とうとう虎徹の堪忍袋の緒がぶちぎれた。 「お前らあああああぁあっぁぁぁぁぁぁぁいい加減でてけえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッ!!!!」 さすがに愛娘まで巻き込まれたのが決定打だった。虎徹は魂引き裂くような咆吼と同時に実力行使に踏み切る。 ヒーローズを一纏めに外へと放り出し家中のありとあらゆる超重量級の家具でバリケードを張ると、それでもめげず中に入ろうとする相手には自分の中の少ないボキャブラリーをかき集めて説得時に脅迫。 白熱する舌戦、巻き起こる熱戦の果て、ようやく諦めたヒーローズが帰ったのは周囲に人の気配が戻り始めた早朝のこと。 遠ざかってゆく足音を薄れ行く意識の端で聞きながら、虎徹はその場に倒れ込んだ。 娘を守り切れた安堵感とこれからのヒーロー達との接し方への不安感がない交ぜになって虎徹の胸中を苦く満たす。 長い――――長い夜が終わろうとしていた。 しかしこれで戦いが終わったわけではない。 真の戦いはこれから。 翌朝目覚めた楓が部屋の惨状、及び父とバーナビーの署名済み婚姻届を見て一悶着起こすのは別の話。 さらにこの結婚騒動に女子ヒーローズ及びルナティックまで絡んでさらなる大混戦が巻き起こるのも――――また、別のお話である。 |
あとがき
とんちき結婚騒動これにて完結。
別の話と言いつつ続く予定はありません。
とにかくひたすらツッコム虎徹さんが書けたので管理人的には満足です。