:花咲くhallucination:
中編
当初の「目標」と過程は違っていたが、目的地である医務室にはなんとかついた。 道中無事にと言う訳にはいかず、途中何度か菊がアーサーを支えきれず転んだせいでお互い擦り傷が増えている。 その傷も含め一刻も早く菊を手当てしてやりたかったのだが、アーサーの足は医務室の入り口で固まったまま動かない。 菊の足も同様だ。 二人三脚、ほぼ同じ形で固まっている。 医務室の中には、人と、「よくわからないもの」がいた。 人の方は知っている。 たしか、フェリクス・ウカシェヴィチとか言ったか。今回の会議には未出席だが、別の会議で何度か顔を合わせたことがある。 だが「よくわからないもの」の方は、本当に「よくわからないもの」としか説明できない。 イスに腰掛けたフェリクスの前、同じようにイスの上に鎮座しているのは、見た感じ一言で言うならば「塔」だった。 てっぺんから地面まで。真っ白い布――多分包帯――の塔ができあがっている。 大きさはそんなに高くなく、せいぜいが腰掛けたフェリクス程度。 包帯の一端はフェリクスが手にしていた。 「どしたん、二人ともー」 存在に気づいたらしいフェリクスから能天気な挨拶を受け、アーサーは我に返った。 そうだ。こんな所で彫像ごっこやっている場合じゃない。 一刻も早く菊を休ませなければ。 だが思いとは裏腹にアーサーの足は一歩もその場を動こうとしない。 本能がフェリクスの前に陣取る「得体の知れないもの」を警戒していた。 アーサーが普段見ている「精霊」や「妖精」の類とは全く違う。 ――――そもそも、あれは生き物なのだろうか? 時折ピクピク動いているあたり生き物かも知れないが、いや、もしかしてひょっとして植物とか? 頭の中で思い当たるだけの怪物、精霊有象無象と当てはめてみるが目の前の「よくわからないもの」と重ならない。 なんにせよ、こんな気味の悪いものが居る部屋に菊を入れる訳にはいかぬ。 手当だったら別の部屋でも出来るはずだと固まる菊の腕を引き踵を返した。その時。 「……ろい、いや、ロリナイティスさん?」 訊いた覚えのある名前にアーサーは振り返る。 塔の一画が崩れ、その中からは見知った顔。フェリクスの相棒とも言うべき、トーリス・ロリナイティスが顔色ひたすらに青く、息も絶え絶え現れた。 「し、死ぬかと思ったぁ……」 「あ、なにしてんトーリス。俺がせっかく手当てしてやったのにー」 どう見ても死人一歩手前の顔色で体にまとわりつく包帯を解きはじめるトーリスを、フェリクスがのんびりたしなめる。 二人の間から流れる空気はどこかほのぼのとしていて見てると和むが、いかんせん図がシュールすぎてアーサー達の硬直を解くには不十分だ。 なんなのだろう。このカオスな二人。 そのうち、ようやく上半分から脱出したトーリスがこちらに気づき、「うわぁ」と声を上げた。 「か、カークランドさんに本田さん……。い、いらっしゃったんですね」 お恥ずかしいところをお見せして、とさっきまで土気色していた頬を赤く染める。 あのシュールっぷりを「お恥ずかしい」で片付けてしまうとは、さすが元アルフレッドの家政夫、と妙な感心をする横で、やっと我に返ったらしい菊がアーサーの袖を引く。 表情には真剣さが戻っていた。 「ウカチェビチさん。ロリナイティスさん。すこしお部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?」 「ええよー。遠慮なくつかってー」 まるで自分の部屋のような気軽さで請け負うフェリクスに一礼して、菊はアーサーを部屋に引きいれると迷いなく部屋を横断。 どういうつもりかと戸惑い引かれるままになっていたアーサーをトーリスの隣に座らせると、菊は薬品棚を漁りはじめた。 「どうかしたんですか、お二人とも」 「カークランドさんがお怪我をなさったんです」 首を傾げるトーリスに、薬品棚に目を向けたまま答える菊。 驚きに何度も目を瞬かせながらこちらを見るトーリスの前で、へー、鬼のカクラン? と的外れにも失礼なことを言うフェリクスの笑顔を一睨みしてやると、アーサーは菊に向かい、 「おい、本田。俺よりもお前の方が――――」 「軽傷ですね。だって、私のは擦り傷だけなんですから」 アーサーの前に座った菊の手にはチューブが握られている。 そしてチューブの蓋を捻りながらおもむろに、 「脱いでください」 ――――ベッドで聞きたい台詞ベストファイブにはいる台詞が、菊の唇から投げ出された。 一瞬にして凍結される時間と世界。 菊の方はいつも通り、全くの無表情。 対するアーサーも無表情。 ……から、徐々に顔が崩れてゆく。 「おおお、お前――――ッ! 何、なに言ってんだ――――!?」 「私を庇ってくださったとき、背中をしこたま打たれたでしょう。お薬を塗りますのでどうか上を脱いでください」 過ぎる驚愕について行けなかった感情が一拍遅れて大噴火。 顔から吹く火で消し炭になりそうだ。 そんなアーサーの心中などつゆ知らず。菊と、ついでになぜかフェリクスも脱衣を急かす。 「カークランドさん。ご無理はなさらないでください」 「本田の言うとおりだしー。カークランド、人の好意は素直にうけとったらー?」 余計な世話だ、こんちくしょう。 ヤンキー時代の鋭さそのままにフェリクスを睨み付けてやれば、なぜか隣のトーリスが顔を引きつらせる。 フェリクスはそのまま、ただへらへら笑っている。 何笑ってやがんだ、この野郎。 もう一発、呪詛を込めて睨み付けようとすれば、向かいから声を掛けられる。 菊が心配そうな顔でこちらを見ていた。 「服が脱ぎづらいのですか? もしそうでしたら、私が脱がせて差し上げますが……」 是非ともお願いします。 など、フランシスではあるまいし言える訳もない。 だがこのまま黙っていたら、菊は多分実力行使にでるだろう。 脱がされたいし脱がしたくもあるが、強引にひん剥かれるのだけは、紳士のプライドが許さない。 アーサーは渋々上半身のスーツを脱ぎ捨て、菊に向かって背を向けた。 背中に刺さる視線がむず痒い。ほぅ……と菊の吐息が背中に触れた。 「……やはり痣になってますね」 「そ、そうか」 触れるか触れないか、ギリギリの感覚で痣になっているらしき場所を滑る菊の指に息が荒む。 塗りますね。との菊の言葉に頷く余裕もない。 菊のほっそりしながらもざらついた指先がアーサーの背中をなぞった。 肩。背骨。肩胛骨。脇腹。 丁寧に塗りたくられる薬のぬめりと菊の指の感触にアーサーは下唇を噛みしめ堪える。 あ、起ちそう……。 アーサーは菊に気取られぬようぐっと下腹に力を込めた。 「……にしてもさー。カークランドのその怪我、どうしたん?」 思い出したかのような声が、隣から聞こえた。 気を紛らわせようと隣を見ると、すっかり包帯版バベルの塔を築くにもあきたらしいフェリクスが、指で包帯を弄びながらこちらを向いていた。 その目は、興味津々といった様子で遠慮もなくアーサーの背中を見つめている。 菊は薬を塗る指を止めず、私を庇ってくださったんですと短く説明した。 「名誉の負傷ですね」 包帯から解放されたトーリスの感心するような明るい言葉にアーサーは何となく居たたまれなくて背中を丸めた。 その背中から菊の指が離れる。 なんとなしに名残惜しくて、アーサーは視線だけ振り返り、指を追う。 「ロリナイティスさん達は、どうなさったんですか?」 指に残った薬を拭きながらの菊の問いに、フェリクスが包帯を弄びつつ答える。 「それがさー、トーリスの奴、またナターリヤに指折られとったんよー」 ――――とん。と、床を白い帯が転がっていった。 「本田?」 息を詰める気配に、アーサーは思わず体ごと振り返る。 珍しく動揺した菊の顔をフェリクスが不思議そうにのぞき込んだ。 「どしたん、本田ー。顔、青ー」 ひらひらと掌を目の前で降られ、菊は我に返ったように顔を上げた。 バター色の肌が血の色をなくしている。 視線がアーサーを、フェリクスを、そしてトーリスを順繰りに廻る。 動揺は一瞬だった。 瞬きするかの間に菊の顔色も態度も平常に戻っていた。 取り落とした包帯を拾い上げ、菊は何事もなかったかのように、 「包帯を巻きます。後ろを向いていただけますか?」 言葉こそ確認するようだったが、口調は有無を言わさぬものだった。 アーサーは何も言わず指示されたとおり菊に向かって背を向ける。 「本田、具合わるいんー?」 珍しく案じるような声音のフェリクスに対し、返した菊の言葉はいつもどおり平坦なものだった。 「いいえ、まったく。私よりロリナイティスさんの方が重傷でしょうに」 「そーなんよ。トーリスの奴ナターリヤの事んなったらてんでダメダメでー」 さっきまでの案じる様子などどこへやら。 ぷりぷり怒りながら親友の、ナターリヤへの盲目っぷりを披露するフェリクスに、彼女はそんな人じゃないとけなげにも庇うトーリス。 背中から聞こえる菊の声にも、明るい調子が戻っている。 だがアーサーだけが、包帯越し、自分に触れる菊の指が震えていることに気がついていた。 |
あとがき
自重しやがれ、エロ紳士。
そんな感じの中編です。
波とリトは遠くで見ている分には文句なく面白いコンビだと思う。