:花咲くhallucination:
後編

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「おい……本田!」
 医務室の一件から数十分後。
 二人は再び廊下で追いかけっこを演じる羽目となっていた。
 服を着るのに手惑っている間にさっさと部屋を出て行ってしまった菊を追いかけ、アーサーは廊下を走る。
 スーツの下で包帯が擦れ少々動きづらいが、菊とアーサーでは歩幅が違う。
 たちまちアーサーは見失っていた菊の背中に追いついた。



「本田!」



 再三の停止勧告にやっと菊の足が止まる。
 振り向いた菊の顔には、やはりなんの表情も浮かんでいない。
「どうなさいました、カークランドさん。すこし医務室で休んでおられてはと申し上げたはずですが――――」
「休むのは俺じゃなくって、お前の方だろう。そんな青白い顔して、人の心配してる場合か?」
「カークランドさんに比べれば私の顔色など白い範疇には入らないでしょう。ですが、お心遣いには感謝いたします」
 私はこれで――――と早くも会話を断ち切って去ろうとする菊の肩を、アーサーはキツく掴む。



 存外加減が出来なかったらしい。
 振り向いた菊の顔に苦痛が浮かぶ。
 徹底的に自分との関わり合いを避けようとする菊の態度に、先ほどからの心配とが混ざりあい爆発した。
「人がここまで心配してやってんだ! 理由ぐらい言えよ!」
 それとも俺じゃあ頼りにならないとでも言うのか!?
 吐き出された感情は怒声に変わり広い廊下の中に響き渡る。
 反響する声が次第に遠のいてゆくにつれ、菊の表情に変化が生まれる。
 はじめは苦痛。アーサーの言葉が終わる頃には驚愕。そして今、沈黙の中こちらを見据える菊の表情は、見るものを凍えさせる冷徹な色があった。



「――――誰がいつ、心配してくださいと申しました」



 そっと肩を掴むアーサーの手を払う菊。
 あらゆるものを拒絶する菊の声音と表情に、アーサーは息を呑んだ。
「"俺じゃ頼りにならないのか"と仰いましたが、その通りです。私が頭を悩ませている原因は、人から見れば実に取るに足らぬ事なのです。ですがカークランドさんには――――いいえ、何者にも私の悩みなど理解できないでしょう」
 言っても無駄だと菊は自嘲う。
 それでも、と食い下がろうとするアーサーを視線で封じ込め、菊はその場で踵を返した。
 小さくなってゆく背中をただ見つめるくらいしかできない。
 噛みしめた唇が、拳が、わなわなと震える。
 完全に拒絶されてしまった。お前など必要ないのだと、はっきり言われてしまった。
「……畜生」
 さっきまで菊に触れていた手で髪をかき上げ、吐息を零す。
 なぜ自分はこうも空回りしてしまうのだろう。
 アーサーはただ単に菊を心配していただけだ。
 人に気を遣いすぎる菊を、本心を見せない菊をほんの少しでも元気づけてやりたかっただけなのに、なぜこうもやることなすこと空回ってしまうのか。
「……ちくしょう」
 アーサーはもう一度、誰に向けるでもない恨み言を吐き出した。





「あっれー。こんな所で何してんの」





 背後から掛けられた軽薄な声にアーサーは不機嫌な顔を隠そうともせず振り返る。
 こんな下品な声の持ち主、アーサーは一人しか知らない。
「てめぇか、フランシス」
 見慣れたひげ面がニヨニヨと質のよろしくない笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「見事なふられっぷりだったな、アーサー」
「いつから見てた」
 いつもの睨みに、今の最悪な気持ちを上乗せして凶悪さをプラスする。
 フェリシアーノあたりだったら悲鳴を上げてルートヴィッヒの影に隠れるであろう極悪な空気も、腐れ縁には通じないらしい。
「いやー。廊下歩いてたらいきなり修羅場に出くわしちゃって、お兄さんどうしようかと思ったよー。っていうか、お前あれは心配してる態度じゃなかったぞ?」
「うるせぇな、その前にもいろいろあったんだよ!」
 いつものように軽口を叩いてはからかうフランシスを再び睨み付ける。
 このまま普段通りの諍いに発展――――はしなかった。
 今はフランシスのバカを相手している場合ではなかったのだ。
 はやく菊を追いかけなければ。
 さっきはあまりの視線の冷たさと拒絶っぷりに二の足を踏んでしまったが、今度はきちんと説明して貰おう。
 力不足云々は聞いた後でアーサーが決める。
 アーサーはいつまでもニヨニヨ笑いを崩さないフランシスの相手に見切りをつけ、菊の後を追おうと、
「止めとけ」
 踵を返すアーサーの肩を、フランシスが止める。
「……離せよ」
「いいけど、お前じゃ本田の悩み事は一生解決されないぜ」
 とっておきのコルトンシャルルマーニュ賭けたっていい、と断言するフランシスの手をアーサーは振り払う。
「そんなもん、やってみなきゃわかんねぇだろ!」
「さっきまでの本田の態度でそれくらい察せよ。鈍い男はモテねぇぞー」
 怒鳴るアーサーを軽くいなし、フランシスは「まあ、お兄さんに任せなさい」と胸を叩いた。
 この男らしい、実に根拠のない自信家っぷりだ。
 悠然と菊の後を追うフランシスの背中に向かって、アーサーは行きがけの駄賃とばかりに嘲笑を投げかけた。
「はっ、俺でダメだったものが、何でお前に出来るんだよ。どうせお前も玉砕するに決まってる」
「そうでもないと思うよー、これが」
 俺と本田は"同じ穴の貉"だからな。
 言って、振り返りざまフランシスは片頬を歪めた。










 ――――フランシスの予想は当たっていた。
 会議室からそんなに遠くない、休憩用の小部屋に見慣れた後ろ姿が見えた。
 べっこう飴のような夕暮れの光が、部屋の中に柔らかい影を落す。
 普段ならどれほど静かにしていようが、扉の前に立っただけで存在に気づいてしまうはずなのに今日はそれがない。
 ……それだけ、窓の外にご執心と言うことか。
 フランシスは彫像のようにじっと動かない小柄な背中を見つめ、緩んだ笑みを零した。
「よ。こんな所にいたの」
 お兄さん探しちゃったよー。
 わざと音を立ててドアを閉めれば、相手は弾かれたように振り返る。
 アジア系特有の真っ黒な瞳が、完璧な丸を描いている。
 だがそれもつかの間のこと。
 次の瞬間にはいつものように何を考えているのかよく分からない表情へと戻る。
「……どうかなさいましたか、ボヌフォワさん。こんな人気のないところにお越しになるなんて」
 何気ない口調で問う菊に、同じく何気ない口調で偶然だとフランシスは答えた。
「いやー。極上の花の香に誘われてきたら、そこに本田がいた訳よ。お兄さんの鼻もまんざらじゃないねー」
 自慢の高い鼻梁を一撫で。ウィンク付で微笑めば、菊もそっと口元を緩めた。
「それにしても本田の方こそどうしたの。こんな人気のないところで。あ、もしかして」
 俺を待っててくれたとか?
 近づき、そっと肩を寄せると手の甲を抓まれ上目遣いに睨まれる。
「お戯れを。私はただここで単に休んでいただけですよ。長時間の議論というのは、ジジィにはいささかキツいものがありますのでね」
 普段の無に近い表情とは違いうっすら口元がほころんでいるからか、あまり迫力はない。
 フランシスは抓まれた手を大げさに振りながらふぅんと返した。
 いつもなら巧妙に、そしてすぐさま隠れるはずの動揺がまだ表情に残っている。
 感情を殺しきれないほどに疲れているのは事実らしい。
 そしてその疲れている原因というのは多分――――、




「いい光景だねぇ」




 フランシスは窓の外に目をやりながら呟いた。
 窓から眺める風景。
 庭師の誇りが伺える、見事に手入れされた中庭では、折り懸く季節の花々が今が盛りとばかりに咲き誇っていた。
 中庭を彩るのは"花"ばかりではない。
 庭に備え付けられた東屋では、麗しい"華"達の競演が見られた。






 東屋の中では、身振り手振りでなにやら説明中の台湾に、ボブカットを揺らしながらリヒテンシュタインがいちいち頷いてみせる。
 文化の違いなどなんのその。少女同士何か通じるものがあるのか、会話の様子はいたって楽しげだ。
 台湾が元気よく笑えば、リヒテンシュタインも慎ましやかに微笑む。
 その様は、まるで太陽を浴び力強く咲くひまわりと温室で大切に育てられたミニバラを思わせる。
 そこへ登場したナターリヤはさしずめ雪の下で春を辛抱強く待つふきのとうか。
 いつものようにイヴァンを探している途中らしく、あたりにせわしなく視線を送るナターリヤに向かって手を振る台湾。
 気がついたナターリヤはしばし立ち止まった後、珍しく会話の輪に加わった。




 ――――美少女というのは、ただそこにいるだけで人々を幸福にする。
 それが三人。しかも周囲に花を巻き散らせながら仲良く並んでいるなど、幸せのメーターを振り切ってもはや天国の門に飛び込む一歩手前だ。
「いやー、眼福眼福」
 フランシスは胸で十字を切りながら菊に同意を求める。
 菊は曖昧に頷き、身を捩った。
 さっきからずっと、フランシスは菊の肩を抱いたまま、そして菊はそんなフランシスの手から逃れようと居心地悪そうにしている。
 腕の中の菊が、困ったようにこちらを見上げた。
「あのぅ、ボヌフォアさん。私、そろそろお暇して……」
「いやー、それにしても並んでると、本当に絵になるよなー。なぁ、本田」




 で、お前の本命は誰。




 続く言葉が不自然に、狭い部屋の中を反響する。
 見上げる菊の瞳は、驚きのあまりか瞳孔が開ききっていた。
 銃口のように真っ暗な瞳に映る自分は思ったよりも優しい顔をしている。
 ――――今度の動揺は意外と長かった。
 と、言っても数秒だ。何度か瞬きを繰り返した菊の目が、次にフランシスを映したとき、さっきまでの驚愕は嘘のように消えていた。
 代りに浮き上がったのは、苦笑。
「仰っている意味をはかりかねます」
「あらら、この期に及んで誤魔化しちゃう訳?」
 先ほどの動揺とは違う、言葉通りフランシスの言うことを分かっていないかのような戸惑いの表情だが、あいにくとフランシスには通じない。
 ――――フランシスには分かっていた。
 菊の不調の原因が、いま眼下で戯れている彼女たちにあると。
 ある一点を覗いて、何もかもお見通しだった。
「ですから、誤魔化すも何も……」
「活発な台湾ちゃんもいいけど、お嬢様なリヒちゃんもいいよねぇ。ヤンデレでブラコンでサディストなナターリヤちゃんとか、もうどこの画面から抜け出してきたんですかーって感じで……」
「ボヌフォアさん!」
 初めて聞くかも知れない、菊の厳しい声にフランシスの視線が窓の外から腕の中へと移動する。
 腕の中からこちらを見上げる菊の表情には、嫌悪がありありと浮かんでいた。
「女性をそのように批評するのはいかがなものかと思います。フェミニストの肩書きが泣きますよ」
「……お前も、いい加減認めた方がいいぞ」
 菊に負けず劣らず冷たい声で応じるフランシス。
 腕の中にいるこの男は、この期に及んでフランシスの指摘を否定する。
 ――――フランシスはずっと見ていた。
 遠く海を隔てているため、こんな会議の場でしか菊と会うことは出来ない。
 だからこそ、会える時間はなるべく菊を見つめていることにした。
 せめて多くの姿を記憶の中に留めておきたい。
 自分にしてはずいぶん謙虚なことだと自嘲したこともあった。
 そして一瞬一秒でもおろそかには出来ないと見つめている間に、フランシスは気づいてしまった。
 菊が今庭に集まっている三人に向ける視線の色に。
 菊の不調がまさにその時から始まっていたことに。
 気がついて、しまった。






「アーサーやアルフレッド達なら誤魔化せるかもしれないけどな。俺の目は誤魔化せない。お前は、俺の同類なんだ」
「ち、違います! 私は、そんな……」
 ならどうして視線を背けるのか。
 顔だけではあきたらず体ごと逃げようとする菊の両肩を掴み、退路を塞ぐ。
「本田、お前の本命は誰だ。台湾か。リヒテンシュタインか。ナターリヤか」
「私は、私は……っ」
「っ、本田!」
 いつまでも認めようとせず強情を張る菊に、一喝。
 それでもなお抗う菊に、フランシスは決定打を叫んだ。





「いったい、お前は誰タチなんだ!?」





 ――――一瞬時間が止まった気がした。
 うっすら涙の幕が張られた菊の瞳に真剣な表情の自分が映っている。
 涙の鏡は、そのうち頬の上をコロコロと滑り落ちたやすく歪んだ。
「……いけないことだと、分かっているんです」
 ようやっと諦めたらしい。
 菊は体から力を抜くと、頬を濡らす涙をそっと袖でぬぐった。




「はじめはただ微笑ましく思っていただけなんです。祖父が孫を見るように、本当にただ微笑ましいと、可愛らしいと思ってみていただけなんです。けれど、彼女たちが一同にそろい踏みした姿を見たとき、私の中でそう言った気持ちが歪んでしまいました」
 代りに首をもたげたのは二千年の昔から脈々と受け継がれてきた"オタク魂"だった。
「アルロフスカヤさんが表情なく台湾さんをからかっているのを見たとき! 台湾さんが顔を真っ赤にしてアルロフスカヤさんに突っかかっていったとき! そんなお二人をおろおろしながら止めるリヒテンシュタインさんを見たとき! 私の中で百合妄想が止まらなくなってしまったんです!!」
 あたかも画面から抜け出してきたかのような萌え百合イベントの数々に黙っていられるほど枯れてはいないらしい。
 その後、家に帰った菊は寝ずの作業で彼女たちをモデルにした同人誌を一冊、二晩で書き上げてしまったとのことだ。
 充足感から丸一日眠りについて、目覚めた菊を待っていたのは完成した同人誌と途方もない罪悪感だった。
 以来菊は思い悩んでいる。
 汲んでも汲んでも萌え出ずる百合妄想に。そして彼女たちに感じる罪悪感に、夜もまともに眠れず悩んでいるのだという。
「私は三次元萌えを否定する気はありません。趣味思考は人それぞれです。ですが私の場合、それを身近な人間でやってしまった! あれ以来私は彼女たちにあわせる顔がないんです。あんな……あんな汁分たっぷりの同人誌を書き上げてしまうだなんて!!」
 告解部屋で懺悔する信徒のように、菊は涙乍らに今までのことを語った。
 これまで拒んでいたフランシスの腕を掴み、菊はその場で崩れ落ちる。
 罪の重さに濡れるすすり泣きが、部屋の中に響き渡った。
 すべてを聞き終えたフランシスは、深いため息をつき崩れ落ちた菊の体をそっと抱きしめる。
「……辛かったな。誰にも、言えなかったんだな」
「言える訳、な、ないんです……ッ」
 子供のように鼻をすする菊の背中をゆったりさする。
 スーツを着込んだ肩が、何度も小刻みに揺れた。
 確かにあんまり褒められた話ではないだろう。
 世間一般ではいまだオタクへの風当たりは強い。
 誰かに相談したところで非難の目を向けられるのは必至だ。
 そして運悪くモデルにした三人の耳に入れば彼女たちを傷つけることにもなりかねない。
「……でもな、本田」
 それでも、フランシスは言わねばなるまい。
 同好の士として。オタク文化を認め合った仲間として。――――同じように、三人の関係に萌えてしまった罪人として。




「萌えには国境も貴賤もない!」




 力強く言い切った言葉に、ずっとフランシスの胸に埋まっていた菊の顔があらわになる。
「確かに身内で妄想なんて褒められた事じゃないと思う。モデルにされた人間からすればはた迷惑もいいところだ。でもな、それでも止められないのが萌えなんだよ! 妄想なんだよ! その気持ちに嘘ついちゃダメだ。自分の中に滾る萌えだけは、裏切っちゃダメだ」




 それこそがオタクとしての道だと、教えてくれたのは他ならぬ菊ではなかったか。




 フランシスは言い切り、そっと菊の涙をぬぐった。
 拭う側から、菊の瞳がくしゃりと歪む。
「……そう、ですね」
 頷く菊の表情に、笑顔が戻る。
 その瞳はいまだ涙に濡れたままだったが、強い光を帯びていた。
「オタクとして何が一番の恥かと言えば己の中の萌えに背くことこそ最大の恥。私も、十分分かっていたはずなのに……」
「誰にも吐き出せないから、そう言うことになるんだよ。安心しな。お兄さんがいつでも相談に乗ってあげるからさ」
 パチン、と茶目っ気たっぷりにウィンクすれば、菊はおかしそうにコロコロと笑う。
 憑き物が落ちたかのように晴れやかな笑顔に、フランシスもほっと胸をなで下ろした。
 滅多に見られるものではない菊の笑顔。
 一級品のスーツを犠牲にするだけの価値はある。
 微笑ましく見つめる視線に気がついたのか、菊はフランシスの顔を、ついで胸元を見ておやまぁと声を上げた。
「折り懸くのスーツがぐしゃぐしゃ……。申し訳ありません。すぐに代りのものを用意いたしましょう。もちろん、弁償もさせていただきます」
「ああ。確かにこれじゃ家まで帰れないな。じゃあ、替えのスーツが出来るまで、本田ん家行っていいかな」
 青い顔でスーツの胸元をハンカチで拭う菊にフランシスは笑顔で提案。
 案の定きょとんと目を丸くする菊に、
「だって、下手な既製品着るなんて俺の美意識が許さないんだよねー。オーダーメイドが一番いいんだけど、それだと出来上がるまで時間がかかるし」
 ならばその間菊の家に泊まりたい。フランシスはそう言った。 
「ほら、つもる話も見せたい物も、あるだろ?」
 などとイタズラっぽく囁けば数拍の後フランシスの言いたいことに気づいたらしい。
 菊の両頬がぱぁっとバラ色に染まる。
「ええ、ええ! 結構です、どうぞ一週間でも二週間でも一月でも!」
「まいったなー。そんなこと言うとお兄さん本気にしちゃうよ?」
 家を片付けてくると早部屋を出て行く菊の後ろ姿に向かって、フランシスは微笑を零す。
 思いも掛けず家に転がり込む口実が出来た。
 これから萌え話に花を咲かせるもよし。愛の狩人の名にかけて口説き落とすもよし。
 楽しみは千差万別、多様にある。
 フランシスはこれから始まる菊との共同生活に殺しきれぬ笑みを浮かべながら窓に寄りかかる。
 ふと目を向けた窓の外では、いまだ騒動を知らぬ三人の乙女達が愛らしくも姦しいおしゃべりを繰り広げていた。















 ―――― 一方、その夜遅く。
「ちくしょー! 何なんだよ、こんにゃろー!!」
 薄暗いバーで、酒を傾け塒を巻くアーサーの姿があった。
 手酌でスコッチを次々開けてゆくアーサーの呂律は、すでに回っていない。
 ふわふわする頭に浮かんでくるのは、今日の出来事。
 フランシスが立ち去ってから一時間後、やけにさっぱりした菊の表情だった。
 憑き物が落ちたかのようにすっきりした表情とやけに赤い鼻と目に何が起こったのかと捕まえ問いただせば、返ってきたのは見たこともないような爽やかな笑顔と「ボヌフォワさんのおかげです!」と言う信じられない台詞。
 何が起こっているのかさっぱり分からず呆然としている間に、菊はさっさと帰って行ってしまった。
 アーサーが正気を取り戻したのは、それからきっかり五分起ってからである。
「俺だってなぁ、俺だって元同盟国なんだ、フランシスの野郎に分かって俺に分からないなんてことあるかぁ!!」
 涙ながらのアーサーの雄叫びに返事をする者は居ない。
 ――――その夜、空が白々明けるまでアーサーの悲痛な叫びが途絶えることはなかった。

あとがき

大まじめにギャグを書いてみたかった。
ただそれだけなんです。
紳士が報われないのは彼のイメージが徹底的に「不憫」で凝り固まっているからです。諦めてください。

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