青空の下、並盛町に
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"な"の形のまま閉じない口。 固まった体。 写真のように切り取られた一瞬。 現状を把握しきれず硬直したツナの耳に、聞き覚えのある――だが出来るものならばもう二度と聞きたくない声――が届く。 「なんて事するんだい」 血のりのついたトンファーも禍々しく、いつの間にやら現れた雲雀が、ツナの言いたいことをそっくりそのまま受け継いだ。 「ひぃっ雲雀……さんっ!」 雲雀の名を呼ぶとき、ツナはいつも最初に悲鳴をつける。ツナにとって、雲雀の名はそのまま恐怖に直結するからだ。 ツナは薄情だと思いながらも、倒れた獄寺を放って二、三歩雲雀から後ずさった。 しかし、その足もこちらを睨み据える肉食獣のような雲雀の視線にぴたりと止まる。 あと一歩でも後ずされば、構えられたトンファーは易々とツナの頭蓋骨を割るだろう。 本能が鳴らす死の警告にツナは素直に従った。 「まったく、何考えてるの、コレ」 頬に飛んだ返り血を拭おうともせず、雲雀は眼下の獄寺を見据え、さらにかかとでぐりぐりと頭を踏みつける。 踏みつけられた獄寺は痙攣するが、意識が覚醒するには至らないようだ。 雲雀は絶対零度の冷たい目で、痙攣を繰り返す獄寺を見下ろしながら、さらに続ける。 「いきなり生徒指導室を爆破なんて、どう言うつもり? おかげで僕の学校に傷がついたじゃないか」 ねぇ、どうするの。 視線をまっすぐツナに向けさらにトンファーを構え、雲雀は問う。 いつも通りの無表情。その中に幽かな怒気を含ませ、ツナにゆっくり近づいてゆく。 問われた方のツナは千切れそうなほど首を横に振り、さらに気づかれないように距離を取りながら、 「お、俺に訊かれても……獄寺君が指導室にいた頃、俺、もう学校にいなかったですし!!」 無関係です、無実ですと必死にアピールを繰り返すが、雲雀は近づくことを止めない。 それどころか、 「だって、コレ、君の犬でしょう?」 「じゃないです!」 コレ、の所で獄寺を顎で指し、とんでもない発言をかましてくれる雲雀。ツナはびっくりして顔の前に差し出した手を頭と一緒にぶんぶん横に振って否定する。 なんて事を言ってくれるのだろう、この人は。 獄寺は人間だ。犬なんかではない。むしろ犬なんかではなくて良かった。 以前一度、(はた迷惑なほど)並外れた忠誠心をリボーンから犬に喩えられ揶揄された事があったのだが、その時獄寺は「俺、犬になったらぜひとも十代目に飼われたいっす!」と目を輝かせさらに頬をバラ色に染め、何を想像したのか鼻血まで吹いた。 人間であろうが犬であろうが、獄寺がツナの傍を離れる事はないと言う絶望的な現実が再認識された瞬間である。 どうせ付きまとわれるなら、言葉の全く通じない犬よりは多少(……本当に、些少、なのだが)言葉の通じる人間の方がいい。 なので、ツナは内心恐怖に打ち震えながら、ついでに声も震わせながら叫ぶ。 「獄寺君が犬なんてそんな……ッ!」 怖ろしいことを言わないでくれと続くはずの嘆願を、「まあそんなのどうでもいいよ」と、爆弾を投げ込んだ張本人たる雲雀はあっさり遮った。 そしてツナの方をまっすぐ見つめるとトンファーを構え直し、 「コレが犬であれ猫であれペンギンであれどうでもいいよ。君がコレの飼い主であることに代わりはないんだから」 ペットの不始末は飼い主の責任だよね――――そう言った雲雀の瞳には愉悦の色がある。 いつもは何者にも興味を示さず冷め切っているはずの目に宿る炯々とした輝きに、ツナは超直感に頼らずとも悟る。 雲雀は獄寺のついでに自分も傷ぶる気なのだ、と。 気づいた途端、雲雀に遭遇した時から引きっぱなしの血の気がさらに引いた。 雲雀がゆっくり近づく。それに併せて、ツナもじりじりと後退する。 後退しながら、ツナは獄寺が目覚めることを祈った。 だが地面に倒れ臥したままの獄寺は、相変わらず痙攣を繰り返すばかりで目覚める様子はない。 ついで、ツナは常日頃から頼りにしている友人の山本がやってきてくれることを期待した。 だが山本は現在野球部の練習のため学校に残っている。学校からここまで、距離がある。 喩え悲鳴を上げて山本の名を呼ぼうが、獄寺ではないのだから聞こえるはずがない。 さらにツナはランボがこの場に戻ってきてくれることを願った。 しかしランボが戻ってきたところで雲雀に太刀打ちできないのは分かり切っているし、なおかつ大人の時であろうが子供の時であろうがランボの実力を考えたら、時間稼ぎにもならないだろう。 最終的にツナはリボーンがやってきてくれる可能性に縋った。 雲雀はリボーンを気に入っているようだし、リボーンがやってきたら標的をそちらに変えてくれるかも知れない。 それが無理でも、死ぬ気弾さえあれば対等に闘う……まではいかなくても、逃げ切ることくらい出来るだろう。 というか、死ぬ気弾を撃たれた場合圧倒的に闘うより逃げる方をツナは選ぶ。雲雀の恐ろしさは身どころか魂にすら染み込んでいるためだ。 だが、いくら祈ろうが期待しようが願おうが縋ろうが、奇跡の起きる気配はない。 どころか、事態はぐんぐん悪化していっている。 じりじり逃げを打っていた足が、小石か何かに躓いて尻餅をうった。 打った尻の痛みに呻いていたのもつかの間。体を覆う影に上を見れば、こちらを見下ろし舌舐りをする風紀委員長と視線がかち合う。 ツナは首を絞められた鶏のようにひしゃげた悲鳴を上げて尻で後じさった。 だがそんな抵抗は些細なもの。 「咬み殺す……ッ!」 短い宣言。それが終わるか否かの間にうなりを上げて迫るトンファー。風圧と殺気を感じたツナはとっさに頭をかばって蹲った。 |
あとがき
暴力委員長様(と、書いて女王様と読む)ご登場。
そしてツナが他力本願全開です。